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ラジエルの書第五十五巻―悪魔たちの王―  8

 もう日が暮れたかどうか、玉座の間にいては定かではなかったが、腹の減り具合からしてもうすぐ夕飯の時間だろう。
 ディアスは玉座に座り、息子の帰りを待っていた。
 今日の謁見は全て終わり、もうここへやってくる者もいない。玉座の間には、ディアスと衛兵二人しかいなかった。
 ディアスと剣の稽古をした後、フランベルジュは出掛けたようでまだ城には帰っていなかった。
 夕飯までには戻るだろうと思い待っているが、フランベルジュはいつまで経っても戻らない。
 ディアスは玉座の間を出て、廊下の窓から外を見る。
 日は暮れ、外はすでに薄暗くなっていた。
「おかしいな……」
 いつもなら外出していても城へ帰って来ている時間だ。
 ディアスは玉座の間に戻り、再び玉座に腰掛けた。
 フランベルジュはどこへ遊びに行ってしまったのだろう。いつもの湖だろうか。そうだとしても、日が暮れれば帰って来るだろう。あそこは夜に遊ぶような場所ではない。
 ディアスは念のためフランベルジュの部屋へ行ってみる。ノックをしても返事はないので、ディアスは扉を開けた。
 部屋の中には誰もいないが、別段変わったところはなかった。机の上はきちんと整頓され、ベッドには黒い竜のぬいぐるみがあるだけだった。
 今度は図書の間へ足を運ぶ。いつものようにそこで本を読んでいてほしいと思うも、そこにいたのはヨアンネス一人だけだった。
「フランベルジュは一緒ではないのか」
ヨアンネスは読んでいた本から目を離し、すぐに答える。
「いえ。ここには私一人ですが……」
 では、街の酒場だろうか。夜に行くところと言えば、この国には酒場くらいしかない。いや、でも、そんな遊びを教えた覚えはない。酒を飲めないフランベルジュが自分から酒場に行くとは考えにくかった。
 それでも念のため、ディアスは玉座の間にいた衛兵にこう言った。
「悪いが、街にある酒場にフランベルジュがいないか見てきてくれないか」
「すぐに見て参ります!」
 二人の衛兵は馬に乗り、手分けして街の酒場にへ向かう。そうは言っても、ここは狭い街。酒場は数件しかなく、衛兵たちはすぐに確認を終えて城へ戻って来た。
 案の定、酒場にフランベルジュの姿はなかった。
「ご苦労だった。お前たちはもう下がっていい。このことは他言するな」
 衛兵が下がると、ディアスは玉座の上で頭を抱えた。
 今まで一度だってこんなことはなかった。そもそも、ディアスに無断で出掛けることも珍しい。
 何かあったに違いない。
 ディアスは玉座から立ち上がり、早足で城を出た。馬に乗り、街を出て向かったのはいつもの湖だった。
 月明かりを頼りに、ディアスは力いっぱい叫ぶ。
「フランベルジュ! どこだ……」
 辺りを見回すも、フランベルジュどころか動くものの気配すら感じられない。
 ディアスは湖の前で立ち尽くすしかなかった。
「どこへ行ってしまったんだ……」
 この現状が嘘であってほしいと願うも、とうとうこの日、フランベルジュは城に戻って来なかった。
 すっかり意気消沈しているディアスを励まそうとヨアンネスが声を掛けるも、この状況では意味がない。
 そんなディアスの様子を見て思わずほくそ笑んだヨアンネスだが、今のディアスにはそれに気づく余裕はなかった。
 その夜は眠れるはずもなく、ディアスはフランベルジュの部屋のベッドに腰掛けたまま夜が明けるのを待っていた。
家出の可能性も考えたが、この部屋には手掛かりになるようなものは残されていない。
 ディアスが十六歳だった頃は、よく家を抜け出して一人で街に行ってみたり、勝手によその国へ旅に出たりなんかしていた。だから、一晩帰らないなんてよくあることだったが、それはあくまで城とは無縁の不良だった自分の話だ。フランベルジュをそんなふうに育てた覚えはない。
 フランベルジュが行きそうな場所を他に思いつかないまま、夜が明けた。
 再びフランベルジュを探すために街に出ようとしていたディアスの元へヨアンネスがやって来た。
「ディアス、街へ行くのならその間に私がもう一度湖へ行ってみましょう。二人で探した方が早く見つかるかもしれません」
「そうだな……。城の者にはこのことを口外しないよう言ってあるから、そういうことで頼む」
「分かりました。では、行って来ますね」
 湖の方はヨアンネスに任せ、ディアスは馬に乗って街へと向かう。街の中で一番人が集まる市場へ行ってみたが、フランベルジュの姿はない。市場の様子もいつもと特に変わったところはなかった。
 馬上で辺りを見回すディアスに、市場に買い物に来ていた老人が声を掛けてきた。
「これはこれは、ディアス様。こんなところでお見かけするとは珍しい。フランベルジュ様はお元気ですかな?」
「うむ。城で剣の稽古中だ」
 ディアスが不安を押し殺してそう答えると、老人は微笑んでこう言った。
「そうですか。昨日も湖の方へ行かれるのを見ましたのでな。元気そうで何よりですなあ」
老人の言葉に、ディアスは焦りを感じながらもなるべく冷静
を装って彼に問うた。
「それは昼頃だっただろうか」
「はて……。昼もだいぶ過ぎた頃だったと思いますがね。はっきりとは……」
 考え込むようにしてそう答えた老人に、ディアスは馬上から優しく言った。
「いや、よいのだ。少し気になっただけなのでな。ではな」
 ディアスは挨拶もそこそこに、すぐさま馬を湖へ向かって走らせた。やはりフランベルジュは湖に行ったのだ。
 ディアスが湖へ行くと、先に来ていたヨアンネスの姿があった。馬から降りながら、ディアスはヨアンネスの背に声を掛ける。
「フランベルジュは見つかったか? どうやら昨日、ここへ来たらしい」
「ディアス……」
 振り返ったヨアンネスは、手に持っていた何かをディアスに差し出し、震える声で言った。
「これが、湖のそばに……」
 ヨアンネスが差し出したのは、フランベルジュの剣の鞘だった。差し出されるまま、ディアスはその鞘を手に取った。思わず手が震える。
「まさか……。まさか……!」
「私が見つけたのはその鞘だけです。フランベルジュはどこにも……。もしかして、湖に……?」
 ディアスははっとしたように湖を見た。そして、鞘を握りしめたまま水際まで走る。波打つ水を見ながら、最悪の事態を考えていた。
「フランベルジュ……」
 ここで遊んでいて、湖に落ちてしまったのだろうか。もしそうだとしても、なぜ鞘だけが見つかったのだろう。剣と一緒に沈んだのなら、鞘だけが見つかるのはおかしい。考えられることは、何らかの事情があってフランベルジュがここで剣を抜いた可能性があるということだけだった。
 湖の向こうを見据えたまま、ディアスはそこから一歩も動けなかった。たとえどんな状況であったとしても、フランベルジュを見つけなければいけない。しかし、現実と向き合うことになるのは恐ろしかった。
「もう少しこの辺りを探してみますか?」
 ヨアンネスが問いかけるも、ディアスはすぐに答えることができなかった。
「いや……」
 しばらくして、ようやくディアスが口を開いた。
「城へ戻ろう」
 ディアスには、フランベルジュがこの湖のどこかにいるとは到底思えなかったし、思いたくなかった。
 失意のまま、ディアスとヨアンネスの二人は湖をあとにする。ディアスは馬には乗らずヨアンネスと共に歩いたが、終始無言であった。
 城へ戻ると、ディアスは玉座の間へも行かず、自室に引きこもってしまった。剣の鞘を持ったまま、途方に暮れる。こんな状況では、アルメリアの墓参りにも行けない。彼女に何といえばよいのだろう。
「もっと、国中を隅々まで探さなければ……。街の外にも小さな集落はある……」
 自分が部屋に閉じこもっていては、フランベルジュは永遠に見つからない。そんな気がして、ディアスはすぐさま部屋を飛び出した。もう一度馬に乗り、国中をくまなく探してみようと考えた。
 だが、城の外へ出ようとしたディアスを、伝令の兵士が慌てて止めた。
「ディアス様、お待ちください! どちらへ行かれるのですか」
「フランベルジュを探しに行くに決まっているだろう! 分かったらそこをどいてくれ」
 しかし、兵士はディアスを行かせようとはしない。行く手を阻むように両手を広げながら、彼は言った。
「たった今、アポロンの軍に戦の兆候が見えるとの情報が入ったのです。狙いは我々かもしれません!」
 突然舞い込んできたこの情報を聞き、ディアスは表情を曇らせる。
「それは確かな情報か? アポロンは我々の居場所を知っていると言うのか」
 ディアスの問いに、兵士は困惑しながらも答える。
「他国にいる斥候からの情報なので、まだ事実確認はできていません。しかし、今ディアス様に城を留守にされては困ります!」
 ディアスは忌々しそうに舌打ちをする。こんな時にこのような情報が入ってくるなど、間合いが良すぎる。当然簡単には信用することはできない。
「すぐに調べろ。もしその情報が本当なら、大変なことになる」
「分かりました。すぐに調べさせます!」
 いくら兵士たちが事実確認を急いでも、相手がアポロンでは普通の国の情勢を調べるように簡単にはいかない。ディアスはこの情報を全く信用していなかったが、調べないわけにはいかない。
 フランベルジュを探しに行こうとしていたのに、ディアスはこの情報の対応に追われた。数人ほどしかいない将軍たちに守りを固めるよう指示を出す。
「ディアス様、情報の信憑性が低いとはいえ、相手があのアポロンではどんな策を仕掛けられるか分かりません。国の中に密偵が入り込む可能性もあります。ここは早急に城下町の門を閉じるべきかと」
 そんなことをしたらフランベルジュが……。
 ディアスはかろうじてその言葉を飲み込む。いくら大事な息子のこととはいえ、軍事会議に私情を持ち込むのは絶対にやってはいけないことだ。
 国の安全を第一に考えるなら、事態が収束するまで門を閉ざすべきだった。
「分かった。城下町の門を閉じろ。情報の裏が取れるまで、国民の入出国を一切禁ずる」
 ディアスの命令通り、城下町の門は閉じられた。これでフランベルジュを探しに行くことは容易ではなくなってしまった。
 これからどうしようかと考え込んでいると、そこへヨアンネスがやって来た。
「大変なことになりましたね……」
「せっかく来てくれたのに、こんなことになってすまない」
 ディアスが謝ると、ヨアンネスは首を横に振る。
「謝らないでください。あなたのせいではありません。もし戦になるようなことがあれば、その時は私も戦います」
 間を置かず、ヨアンネスは言葉を続ける。
「今、何か私にできることは?」
「そうだな……。兵士たちと一緒に城の守りを固めてくれないか。人手が足りんのだ」
「フランベルジュのことは?」
「それは……。私が何とかする」
 何とかする手立ては何もなかったが、こればかりはヨアンネスに頼むことはできない。
「では、私は城の兵士たちに協力することにしましょう。他に何か手伝えることがあったらいつでも言ってください」
 ヨアンネスが行ってしまうと、ディアスは大きなため息をつく。
 ディアスが王になってから、黒竜族の国では軍事力を強化する政策が進められていた。数十年前の戦の借りを返し、自分たちの本当の力を取り戻したいと、国民の大半が望んだからである。だが、先の戦で相当な深手を負ってしまった彼らは、全盛期の頃に比べるとまだまだ戦力が足りない。優秀な将軍も数名しかおらず、とてもアポロンに戦を挑める状況ではなかった。
 黒竜族の民に戦う意思があると分かれば、アポロンは容赦なく襲ってくる。だから、今までこの地に身を隠し計画も秘密裏に進めていたのだ。
「今はまだ戦えぬ……」
 万が一戦になっても、救援を頼める者は誰もいない。かつて共に戦った青竜族は死に絶え、生き残った赤竜族の消息も分からない。竜に姿を変える力も奪われている。そんな状態の自分たちがどうしてアポロンの軍勢に勝つことができようか。
 情報収集と万が一の事態に備えるための軍事会議に追われ、数日が経過した。フランベルジュの消息は掴めない。手が空いている兵士に頼んで街の外を探させたが、フランベルジュが見つかったという報告は上がってこない。
 肝心のアポロンが攻めてくるかもしれないという情報の裏もまだ取れていなかった。
「まだ本当のことは分からんのか。斥候は何をしている」
 苛立つディアスに、ヨアンネスが言う。
「あの地に斥候を行かせてからまだ数日しか経っていません。彼らが行って帰って来るまでに最低でも一ヶ月はかかります」
 ヨアンネスの言うあの地というのは、昔竜族たちとアポロンが戦った東の地のことで、アポロンたち神が住む天界と地上を繋ぐ道があると言われている場所だ。しかし、それはあくまで噂であり、本当にその地に天界への道があるかどうかは定かではない。
「一ヶ月も城に閉じ籠もるわけにはいかないというのに……。くそ! こんなことがなければすぐにでも……。フランベルジュ……」
 その後もフランベルジュの行方が全く分からないまま、時間だけが過ぎていく。フランベルジュが消息を絶ったあの日から、ディアスはほとんど一睡もできていない。
 身体的にも精神的にも辛い日々が続き、一人の時は玉座でぐったりしていることが多くなった。軍事会議にも身が入らない。
「あれから……フランベルジュがいなくなってから一体どれくらい経ったのか。二週間? いや、もっとか……。なあ、一体何日経った?」
 ディアスの独り言が玉座の間に響き渡る。
 城の者たちはみんなそれぞれ忙しくしており、玉座の間には誰もいない。
「死んだとは考えたくない……。だが、これだけ時間が経ってしまっては……。なあ、答えてくれ」
 ディアスの声に答える者はいない。玉座の間がしんと静まり返る。
 だが、その時ディアスはとんでもないことに気づき、思わず玉座から立ち上がる。
「親父? 私の声が聞こえているか?」
 ディアスの顔からさっと血の気が引く。しょっちゅう話し掛けてきてうるさいくらいのベリアルが、ここ最近黙ったままではないか。
 よく考えてみれば、フランベルジュがいなくなった日から一度も声を聞いていない。いくらベリアルが悪魔だからといって、息子よりも大切な孫の行方が分からなくなって黙っているはずがない。
「親父、聞こえているなら返事をしてくれ」
 ディアスが何度呼び掛けてみても、ベリアルからの返答はない。
 ディアスは心を落ち着かせ。目を閉じて気を集中させた。
 数分して、ディアスはゆっくりと目を開く。
「なるほど……。やはりあいつの仕業だな」
 そう呟くと、ディアスは玉座の間を出て、偶然通りかかった兵士に命じる。
「ヨアンネスをここへ。今すぐに」
「承知いたしました!」
 ディアスが玉座に戻って待っていると、ほどなくしてヨアンネスが現れる。ディアスは一緒に来た兵士に言った。
「ごくろうだった。お前は下がっていい」
 兵士が敬礼をして立ち去ると、今度はヨアンネスが口を開いた。
「ディアス、あれから随分と時間が経ちました。フランベルジュのことはいいのですか? 私に言ってくだされば探しに行くというのに……。城の兵士はここを守るので精一杯。私なら……」
 そう言いながら玉座に近づいてくるヨアンネスを、ディアスは座ったまま睨み付け、低い声で言う。
「誰が貴様なぞに頼むか。それ以上私に近づくな」
 ヨアンネスがぴたりと足を止める。
「どうしたんですか急に……。私はフランベルジュの心配をして……」
 ヨアンネスのその言葉を、ディアスは鼻で笑う。
「なぜお前がフランベルジュの心配をする? フランベルジュを消したのはお前だろう」
 今度はヨアンネスが笑う番だった。フランベルジュが大嫌いだったあの笑みを浮かべ、ディアスを侮蔑するように笑う。
「お前は誰だ。なぜここへ来た。フランベルジュを殺すのが目的か」
「私は名を持たぬ者。ある方の命令に従っただけです」
 ヨアンネスの答えに納得がいかず、ディアスは質問を続ける。
「お前はなぜ、ヨアンネスの姿を……」
 言いかけて、ディアスは静かに口を噤んだ。気づいていなかったわけではないが、あまり考えないようにしていたことは現実だったらしい。
 気味の悪い笑みを浮かべるヨアンネスに向かって、ディアスは言った。
「殺したのだな……。本物のヨアンネスを……」
 ディアスは込み上げてくる怒りを抑えながら、言葉を続ける。
「そうして、どこの馬の骨とも知れないお前の魂をヨアンネスの死体に入れたのだな。そんなことをできるヤツはこの世に一人しかいない。お前はゼウスの命令でここへ来た。目的は、私か。それともこの国か。何にせよ、フランベルジュが邪魔で仕方がなかったようだな」
 ディアスの神経を逆撫でするかのように、ヨアンネスは声を上げて笑った。
「いくらこの体を手に入れたからと言って、私の猿芝居であなたを長く騙せるとは思っていません。でも、フランベルジュを始末するには十分すぎる時間を手に入れられました」
「フランベルジュは死んではいない!」
 ディアスが叫ぶ。
「ええ。分かっていますよ。私の手の者がとんでもないことをしてくれました。殺せと言ったのに、まさか奴隷として売り払うなんて……。まあ、闘技場で死ねば同じことですかね」
「フランベルジュを売った……だと? 国中を探しても見つからないわけだ……」
 閉ざされたこの国で育ったフランベルジュが外の世界に行くなど、思いもつかなかった。もっとも、自主的に出て行ったのではないが。
「悪魔避けの結界を張ったのもお前だな」
「ええ。あなたにまとわり憑いている悪魔どもが邪魔だったので」
「いや……。正確にはお前ではないな。お前にそんな力はない。ゼウスか……アポロンの仕業だ」
 ディアスが言うと、さっきまで薄ら笑いを浮かべていたヨアンネスがさっと表情を変える。
「あなたは大変失礼な人ですね。我らが神に敬意を示すこともない」
「敬意? そんなもの、あるわけないだろう。お前の崇める者は神ではない。あれは、人の形をした化け物だ。人間は騙せても、我々竜族は騙されない」
 一瞬怒りの表情を見せたヨアンネスだったが、このディアスの発言に、またも嘲るような笑みを見せる。
「竜族? あなたが?」
 ヨアンネスが笑う。
「我らの神を化け物と言うのなら、あなたにこそその言葉はふさわしい。ディアス……。悪魔と黒竜族の子……。だけど、あなたはそのどちらでもない。人間でさえも……」
 ディアスは玉座の肘掛に頬杖をつき、ヨアンネスが話すのを、表情一つ変えずただ黙って聞いている。
「竜族の母と悪魔の父を持ちながら、あなたには人間以下の魔力しか備わっていなかった。それを剣術で補おうとしたのでしょうが……。あなたはとんでもないでき損ないですね。でき損ないの化け物など、誰が畏れ、崇めましょう」
 ヨアンネスは笑う。
「あなたの正体を知ったら国民は何と言うでしょうね。それを恐れて、フランベルジュから悪魔の刻印を消したのでしょう。もう一人の息子を犠牲にして」
「私の息子はフランベルジュ一人だけだ……」
「なんとでも言えばいい。あなたがどう言おうと、事実は変わらない」
「お前に……お前に何が分かるというのだ。所詮ゼウスの捨て駒でしかないお前に」
 自分の唯一の友人との大切な思い出や記憶を、目の前の偽物と共有していると思うと、ディアスは酷く気分が悪かった。
「お前がこの城に来た時、何かおかしいとは思ったが……。それでも、嬉しいと思った。ずっと会いたかった。今まで手紙もろくに書けずにすまなかった。最後に会ったあの日から、変わらず元気にしていたのか。その男に殺されなければ、いつかフランベルジュを連れてお前に会いに行きたかった」
 ディアスの目から、涙が一筋流れた。
「本物のお前なら、フランベルジュが避けるわけがない。そう……絶対に。フランベルジュは気付いていたのだな。私がもっと早く決断していれば……」
「悪魔の子であるのに、非情になれぬどころか情にもろい。滑稽だな」
「いくら中身が偽物だと分かっていても、私はそんな言葉をお前の口から聞きたくない」
 ディアスはヨアンネスから目を逸らす。
「何者にもなれなかった私を認めてくれた……。それなのに、お前に……お前たちに全て奪われた。私は決してゆるさない」
 言いながら、ディアスはヨアンネスに殺意の目を向ける。それを見ても、ヨアンネスは変わらず笑うだけだ。
「そんなに悲しまずとも、すぐに会わせてあげますよ。あなたも友人と同じ所に……」
 ヨアンネスが隠し持っていた短剣を取り出す。それを見たディアスも、玉座から立ち上がる。
「そんな物で私が殺せると思っているのか」
「刺し違えてでも殺しますよ。あなたを殺して、この国も消します。神に刃向うものは排除しなければなりません」
 ディアスが腰の剣に手を掛けると、ヨアンネスは再び口を開く。
「ああ、そうだ。あなたは友人とは同じ場所には逝けませんね。死者の国……冥府は死んだ人間の行く所ですから。悪魔たちの住む地獄すら、あなたを拒むでしょう」
「それはいらぬ心配だな」
 剣を抜きながら、ディアスが笑う。
「私は何者でもない。そんな私が何処へも逝けぬと言うのなら……」
 剣を握る手に力が入る。
「私は死なぬ」
 目の前にいる友人目掛けて、ディアスは足を踏み出した。もう戻れない。
 殺してやる。
 心身ともに疲弊しきったディアスを今動かしているのは、目の前の男を殺したいという強い殺意だけだ。
 絶対に、殺してやる。
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