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ラジエルの書第五十五巻―悪魔たちの王―  2

 じいさんにもらった剣を抱いたまま、フランベルジュは自分の部屋のベッドの上でぼうっとしていた。
 まだ母が死んだことが信じられない。
 しかし、城の中で母を探してみても、その姿はどこにもない。
 自分の気持ちを上手く整理することができず、今は誰にも会いたくなかった。
 何を考えるわけでもなくただ天井を見上げていると、今一番話をしたくないディアスがノックもなしに部屋に入って来た。その無遠慮な行動に苛立ちを感じ、フランベルジュは体を起こす。見ると、ディアスは手にクッキーが山盛りになった皿を持っている。
「フランベルジュ、父さんと一緒にクッキー食べないか?」
 ディアスはにこにこしながらそう言って皿を机の上に置く。しかし、フランベルジュはむっとしてディアスを睨んだ。
「父さん、冗談はよしてよ。ふざけてるの? 僕がクッキーを食べる気分だと思う?」
「え……。食べないのか? クッキー好きだろ?」
 ディアスは皿からクッキーを一つ手に取り、フランベルジュの方に差し出した。
 全く悪気のないその言動に非常に腹が立ち、フランベルジュはベッドに置いてあった竜のぬいぐるみを力いっぱいディアスに向かって投げつけた。
 ディアスは飛んできたぬいぐるみを反射的に右手で掴んだ。
「もう……もうもうもうもう! どうして父さんはそうなの? どうして、僕の気持ち……。もう!」
 困惑するディアスを尻目に、フランベルジュは剣を持ったまま部屋を飛び出した。ディアスの配慮のない行動に腹が立つ。しかし、それ以上に自分の気持ちを表現できない自分にも腹が立った。
 ディアスと喧嘩をした時、決まってフランベルジュは母の部屋へ駆けこんだ。だが、今ではもうそうすることはできない。
 母の部屋へ行きかけ、はっとして踵を返す。もうあの部屋には誰もいない。自分の居場所がなくなってしまい、フランベルジュは仕方なく中庭の隅に腰を下ろした。
 いつか母の病気が良くなったら、この庭で家族三人で食事をするのがフランベルジュの夢だったが、結局叶うことはなかった。
 悲しくて、でも、それ以上に虚しくて、フランベルジュは泣いた。母のことを想うと胸がぎゅうぎゅう締め付けられ、涙が止まらなくなる。思い出がフランベルジュを支配してしまう。
「フランベルジュ」
 父の声がフランベルジュを現実に連れ戻す。涙で濡れた顔を上げると、ディアスがフランベルジュの傍に座っていた。
「さっきは悪かったよ……。お前の気持ちを考えず……。いや、考えてなかったわけじゃないけど、方法を間違えたというか……。とにかく、すまん。ほら、これ」
 ディアスはフランベルジュに竜のぬいぐるみを差し出す。フランベルジュは黙ってそれを受け取った。
「母さんが作ってくれた物だろ。大事にしなさい」
 黒い翼と体を持った竜。アルメリアは城にある本に残っていた竜の絵を参考に、このぬいぐるみを作った。
 思い出してまた切なくなる。しかし、ディアスの前ではあまり涙を見せたくなかったので、フランベルジュは泣きたい気持ちをぐっと堪えた。そして、ディアスに問う。
「そもそも、黒竜族って何さ……。僕たちは普通の人間と変わらないでしょ? 人間は、見たことがないけど」
 フランベルジュは今まで同じような質問をディアスに何度もしていた。その度にディアスはフランベルジュに黒竜族について説明を繰り返した。今回も例外ではない。
「お前が疑問に思う気持ちも分かる。今の私たちは普通の人間となんら変わりはない。見た目もそうだ。黒い髪、そして黒い瞳……。黒竜族はみんなそうだが、人間にも同じような連中はいる。何も珍しいことなんかじゃない。ただ一つ違うのは、その存在意義だ」
 フランベルジュは竜のぬいぐるみを見つめながら、ディアスの話を聞いている。
「私たち竜族の役目は、邪悪から人間を守ることだ。黒竜族だけじゃない。青竜族も赤竜族もみんなその役目を持っている。人間やその他の生き物を守るため、私たち竜族は存在する」
「でも、青竜族と赤竜族はもういないんでしょ?」
 フランベルジュが問うと、ディアスはそれを否定した。
「いいや。赤竜族の連中はこの世界のどこかに身を隠しているはずだ。青竜族はどうだろうか……。私は生き残っている方に賭けたいが」
 ディアスはぐっと拳を握りしめ、悔しそうに続ける。
「それもこれも、全てあいつの……ゼウスとアポロンのせいだ。あいつらが無益な戦いを挑んでこなければ、私たちはこんな目に遭う必要はなかったのだ。あの戦いさえなければ、青竜族は滅ばなかったし、私たちは大きな竜に姿を変え、大空を飛ぶことができた」
「ゼウスが竜に変身する力を奪ったんでしょ? 竜族が二度と天に近づくことができないように」
「そうだ。よく覚えているじゃないか。なんだかんだ言ってちゃんと父さんの話を聞いていたのか」
「うん。一応ね」
 言いながら、フランベルジュは地面に寝転がり、空を見た。この大きな空を自由に飛べる力があるなんて、やはり信じられない。ディアスの話によれば、空を飛べたのも戦争があったのも、もうずっと昔の話だ。それでもディアスは必ず言う。
「フランベルジュ、黒竜族であることを誇りに思え。そして、奴らから竜の力を取り戻せ」
 ディアスの気持ちも分からなくはないが、これを言われる度にフランベルジュはこう返す。
「どうして僕が? 僕じゃ勝てっこない。父さんの方が強いんだから……」
「いいや、フランベルジュ。お前でなければだめだ。父さんは……父さんは、力を取り戻したところで竜にはなれないんだよ」
 なぜ? そう問う間も与えず、ディアスは言葉を続ける。
「でも、お前ならできるんだ。お前は父さんにはないものを持っている。お前なら、きっと」
 ディアスの言葉が重圧になり、フランベルジュはぬいぐるみを抱いたままそっぽを向いた。ディアスは一体自分に何をさせようと言うのか。まさか一人でゼウスやアポロンと戦えとでも言うのだろうか。
「随分期待サレテイルナ」
「出来ルノカ? コンナ泣キ虫フランベルジュニ」
「我々ガ手ヲ貸ソウカ?」
 またあの声だ。
 フランベルジュは勢いよく体を起こし、ディアスの方を見る。口元が笑っていた。
「とう……さん」
 今何か話声がしなかったかと聞こうとし、フランベルジュは口を噤んだ。
「どうした。何か聞きたいことでも?」
「う、ううん。なんでもない」
 フランベルジュは立ち上がり、傍に置いていた黒い剣を手に取った。
「父さん、剣の稽古をしてよ」
 少しでも体を動かしていた方が余計なことを考えなくて済むかもしれない。そう思い、フランベルジュは剣を鞘から抜いた。
「あ……あれ?」
 さっきまで持ち歩いていた時とは剣の重さが違う。持ち歩いていた時は普通の剣と変わらぬ重さだったのに、鞘から抜いてみると妙に軽い。鞘が重いのかと持ち比べてみたが、鞘もたいして重量はなかった。
 その様子を見ていたディアスは腕を組み、小声でこう吐き捨てた。
「あのくそじじいめ。フランベルジュに剣を……。ったく、何考えてやがる馬鹿が」
 複雑な表情をしていたディアスだったが、フランベルジュに「とうさーん!」と、呼ばれると、とたんに顔を綻ばせ、返事をする。
「なんだ」
「この剣、じいさんにもらったんだけど、すごく軽い……」
「そりゃそうさ。その剣は使う奴に合わせてその形を変える。今お前が手に持ったことによって、剣はその形が最適と判断したんだ。それがお前に合った剣の形だということだ」
 ディアスにそう言われ、フランベルジュは自分の手にある剣をもう一度見てみる。素早い斬り返しが可能な細身の剣。確かじいさんが使っていた時はもっと刃が太かった気がする。
「うーん……。信じられないけど、そうなのかな。じゃあ、父さん持ってみてよ。今の話が本当なら、父さんが持てば違う形になるよね?」
 フランベルジュがディアスに剣を差し出すが、ディアスはそれに触れることすら拒否するように一歩後ずさる。
「い、いや、ちょっと、それは……。あ! 父さんは用事を思い出した。稽古は明日にしよう!」
 そう言うと、ディアスは目にも止まらぬ速さで城の中へと駆け込んで行った。
「え? と、父さん!」
 呼び止めても戻ってくるはずもなく、フランベルジュは一人庭に取り残された。
 ディアスが相手をしてくれなければ剣の稽古はできないので、フランベルジュは仕方なく自分の部屋へと戻る。
 剣を壁に立て掛け、ぬいぐるみをベッドの上に戻した。
「変なの。なんで父さんは剣を持ってくれなかったんだろう。かっこ悪い形になるかもしれなかったから嫌だったのかな」
 そう呟いてしばらくすると、また例の声が聞こえてくる。
「見タカ? アノ焦ッタ顔ヲ」
「言エル訳ナイダロウ。自分ガソノ剣ヲ使エナイナドト」
「アイツハアノ剣ヲ制御出来ナイ。持ッタラ最後、何人死ヌハメニナルコトカ……。困ッタモノダ」
 その会話を聞き、フランベルジュは考える。ディアスはこの黒い剣を使うことができないということだろうか。それはどうしてなのか。
 声の主たちなら知っているのだろうが、フランベルジュには彼らに声を掛けてみる勇気はなかった。第一、こちらの声が相手に届くとも限らない。
 フランベルジュはただじっと彼らの会話を聞いているだけであった。

 次の日、ディアスは約束通り剣の稽古をしてくれたが、黒い剣についてはもう何も話してくれなかった。フランベルジュもこれ以上言及しようとは思わなかった。
 いつも通り厳しい稽古が終わると、ディアスはフランベルジュの持っている黒い剣を指差し、言った。
「その剣の刃の部分に紫色の石がついているだろう? それは、魔法石と呼ばれる物だ」
 言われるままに剣を見ると、確かに刃の根元に紫色の石がついている。
「これって飾りじゃないんだ。魔法石ってなに?」
「魔法石というのは、自分が持っている魔力を具現するための道具だ」
「ぐげん?」
 ディアスは剣に触れないよう気をつけながら説明をする。
「自分の魔力をこの魔法石が目に見える形にしてくれるということだ。普通は魔法使いが使う杖につける物だが、世の中には魔法剣士という奴らがいてな。要するに魔法も剣も得意な人間のことだが、そういう奴らが使う剣にはこの魔法石がついているってわけだ」
「ふーん……」
 分かったような分からないような複雑な表情で、フランベルジュは一応相づちを打った。
 それを見たディアスはわずかに苦笑する。
「まあ、本を読んで勉強しろと言いたいところだが、今のお前には難しすぎて理解できないかな。つまりは、この魔法石があれば魔法が使える。それをちょっとお前に教えようと、そういう話だ」
「魔法を教えてくれるの?」
 魔法と聞いて、フランベルジュの目がぱっと輝く。今の説明では具体的に魔法がどのようなものなのかは理解し難いが、自分にもできそうなら試してみたい。
「教えるとも。やり方はたったの二つだ。集中しろ。魔法石に魔力を集めるのだ。そして、剣を振れ。上手くいけば、何かが起こる」
「……は? たったそれだけ?」
 魔法を使うってずいぶんと簡単なことなんだな。そう思ってフランベルジュが剣を振り上げると、ディアスは慌ててそれを制止した。
「おい! 待て、やめろ。使っちゃいかん」
「なんで!」
 やり方を教えておきながら使うなとはどういうことだ。
フランベルジュは不満げに剣を下ろす。
「お前は魔法を使ってはいけない。きっと……私の予想が正しければ、お前の持つ魔力は強大で、とんでもないものを呼び寄せる。安易にその辺で練習していいもんじゃない。そのうちお前が魔法の概念について理解できる年齢になったら練習させてやるから、今は我慢しろ。いいな」
 魔法を教えると言うから期待したのに、フランベルジュはなんだか騙された気分だった。
 悔しくなって、稽古が終わったその足で城の図書室へ向かう。ディアスが教えてくれるのを待つより、自分で勉強した方が断然早い。
 誰もいない図書室で、フランベルジュは魔法に関係のありそうな本を手当たり次第手に取ってみた。
「父さんは魔法のガイネンって言ってたけど、ガイネンってなんだろう……」
 魔法の本の他に、字引にまで手を伸ばす。そこにはこうあった。
「概念……。事物から共通する性質を抜き出し、それらを統合して構成する普遍的な……ん? フヘン? フヘンってどういう……」
 少し考えて、フランベルジュは字引を閉じた。
「ま、いいや。後で父さんに聞こう」
 字引を本棚に戻し、ようやく魔法に関して書いてあるであろう本の一つを開く。その題目は――。
「魔法ガイロン。ガ……イ……?」
 題目は意味不明だが、とりあえず中身に目を通してみることにする。冒頭には魔法というものを人間が使うようになってからの歴史が大まかに書かれていたが難しい言葉が多用されていて、フランベルジュは半分も理解できなかった。それでも、分かりそうな部分を読み進めていく。
「魔法がいつ、どのようにして生まれたものであるか、その詳細は謎に包まれているが、人間が自由自在に魔法を扱えるようになったのは、魔法石が発見されてからである。魔法石が発見されたのは、一般的に今から百年以上前だと言われている」
 その先はまた難しい言葉が並んでいる。フランベルジュは先へ先へと読み進めていった。
「魔法を盛んに研究している国には、西大陸のグロムナート王国、そして北の大国メディア王国が挙げられる。現在両国に交流はなく、メディア王国の魔法研究がどのように行われているかについての詳細は不明である」
 ここにきて国の名前が出てきたので、フランベルジュは図書室を駆け回って地図を探し出した。自ら進んで世界地図を見たのはこれが初めてである。
 西大陸を見てみると、グロムナート王国があった。だいたい大陸の真ん中辺りに位置するその国からかなり北上した所に、メディア王国があった。国の領土はかなり広い。
 地図を見たら必ず気になるのが自分の国の場所だ。フランベルジュは地図を指で辿りながら黒竜族の国を探したが、どこにも見つけることができなかった。
「おかしいなあ。ここは暖かいから南の方にあると思ったんだけど」
 いくら探しても見つからないので、フランベルジュは諦めて本の続きを読むことにした。
 歴史の次には魔法の種類について記載されているようだった。
「魔力を持った者が魔法石を使って魔法を発動すると、風や火をおこしたり、雷を呼び寄せることができる。これらは私生活よりも戦いに使うことが多く、魔法陣という魔力を込めた陣形を描くことにより、その効果を広範囲にまで及ぼすことができる。魔力というものはどんな生き物でも持っている力ではあるが、魔法石をもってしてもその力を具現するのは難しい。生まれ持った能力と、相当な訓練が必要である。ごく稀に、魔法石を用いなくても上記の魔法を使える魔法使いが存在する。それを我々人間は『神』と呼ぶ」
 最後の「神」の件はどうでもよかったが、なんとなくフランベルジュは魔法というものがどのようなものなのかが分かった気がした。
 そして、記述には続きがあった。
「最後に、これもごく稀な能力であるが、自らの魔力を使って人間以外の生き物を召喚する力のある魔法使いがいる。彼らの召喚する生き物は大抵この世界に存在する動物であるが、時に異界の住人を呼び寄せる者もいる。異界の住人を呼び寄せる能力も我々が神と呼ぶ者たちが持つものであり、人間でこの能力を持つ者は未だかつて報告されていない」
 そこまで読み終わると、フランベルジュはため息をついた。ディアスはフランベルジュがとんでもないものを呼び寄せるなんて言ったけど、この本を読んだ限りだと呼び出せるのは動物だと書いてある。確かにあまり大きな動物が出てきてしまっては困るだろうが、危険というほどでもない気がする。
 この本に書いてある異世界の住人というのが何であるのかが引っ掛かるが、フランベルジュにそんなものが呼び出せるはずがない。だって、今まで一人も「人間」でそれができた人はいないのだから。
 魔法の練習をしてみようか。
 そんな考えがフランベルジュの頭に浮かんだ。
 厳しい訓練をしたわけでもないし、初めから成功するとは限らない。万が一何かが出てきたとしても、取るに足らない小さな動物だろう。
 そこまで考えたが、やはりディアスの言いつけを破ることは大きな罪なような気もした。
 剣の稽古でもそうなのだが、ディアスの言い方や言うタイミングが気に入らないことは多々あっても、それが間違っていたことは一度もなかったからだ。
 やはり、魔法はディアスが教えてくれると言うまで我慢しよう。今は剣の稽古で精一杯だ。
 魔法について書いてある本を片付け、フランベルジュは図書室を出る。その手には、さっき見つけた世界地図があった。
 ディアスならこの国がどこにあるのか知っているはずだと思い、地図を持ったまま玉座の間へと向かう。
 いつもはあれこれ忙しくしているディアスだが、今日は珍しく退屈そうにしていた。
「父さん、これ見てよ」
 フランベルジュが駆け寄ると、ディアスは嬉しそうにひょいとフランベルジュを抱きかかえ、自分の膝の上に座らせた。
「ちょっと、やめてよ。もう子供じゃないんだから」
「十一歳は立派な子供だ。遠慮なく父さんに甘えなさい」
「えっと……。遠慮します」
「遠慮するなと言っているのに、なんて謙虚な奴だ」
「ケン……? なに?」
「謙虚。控えめだという意味だ」
 首を傾げるフランベルジュが可愛らしくて、ディアスはその頬をむにむにといじくり回した。
「やめろー!」
 それがフランベルジュの逆鱗に触れ、ディアスは左頬に見事な平手打ちをくらった。
「いてっ」
「もう、ふざけるのはやめて! せっかく父さんに聞きたいことがあって来たのに」
 そこでようやくディアスはフランベルジュが持っていたのが世界地図だということに気づいた。
「ねえ、黒竜族の国はどこにあるの? 教えて」
 ディアスは膝の上のフランベルジュと一緒に世界地図を覗き込む。そして、グロムナート王国からずっと南に位置する小さな大陸を指差した。
「ここだ。私たちは今ここにいる」
 ディアスが指差した大陸を見ると、ベルトキア大陸と表記されている。そして、大陸の東にはベルトキアという国があった。
「黒竜族の国の他にも国がある! そんなに遠くない。この国の人は僕らのことを知っているの?」
「知らないはずだ。この国までの道のりは魔法で隠されている。よほど魔力に敏感な者でなければ辿り着けない。この国はさほど魔法には関心がないからな。優秀な魔法使いが来るところじゃないさ」
 そう言ってすぐ、ディアスは言葉を付け足した。
「そうそう。行ってみたいなんて言わないでくれよ。私はベルトキアがあまり好きじゃないんだ。奴隷制度なんて野蛮なことをしている国には近づきたくないね」
「奴隷?」
 フランベルジュが聞くと、ディアスはフランベルジュの頭を撫でながら首を横に振る。
「知らなくていい。お前には縁のない話だ」
 後でまた図書館へ行って調べてみようか。
 そんなことを考えていると、ディアスが思い立ったように、
「そうだ。街へ行かないか」
 と、言って、フランベルジュを抱いたまま立ち上がる。じたばたして床に降ろしてもらったフランベルジュは窓の外を見て言った。
「でも、もうすぐ日暮れだよ」
「ちょっと行って見て来るだけさ。行くだろ?」
 城の外に出るのは久しぶりだったので、フランベルジュはディアスと一緒に街へ行くことにした。
 夕暮れ時。商人たちは次々と店じまいをしている。
「商人さんはこの国の人だよね?」
「ああ。この国では作れない物を他国から取り寄せて来るのが仕事だ。私たちもここに引きこもってばかりはいられないのさ」
「父さんは外国へ行ったことがある?」
「さあ、どうかな。行ったこともあったかもな」
 そんな話をしながら歩いていると、フランベルジュは装飾品を売っている商人を見つけた。まだ店じまいをする気配はない。
 城には着飾った婦人がいないので、フランベルジュはあまり宝石などを見たことがなかった。
「父さん、これはなに?」
 フランベルジュが青い宝石でできた首飾りを指差す。
「それはサファイアの首飾りだ。かなり上質だな」
「じゃあ、これは?」
 次にフランベルジュが興味を示したのは、黒曜石でできた耳飾りだった。その耳飾りは小さく、六角形をしている。
「それは耳飾りだ」
「耳につけるの?」
 二人の会話を聞いていた商人が口を開いた。
「外国では黒曜石の装飾品が流行しているんですよ。良ければお一ついかがですか?」
 フランベルジュがちらりとディアスに視線を送ると、ディアスはふっと微笑んだ。
「では、それをもらおうか」
 商人にお金を支払い、二人は城へと戻った。
 するとすぐ、ディアスはフランベルジュの耳に、買ったばかりの耳飾りをつけてあげようとした。すると、フランベルジュがこんなことを言い出した。
「両方の耳につけたら女の子みたいだよ。父さん、僕、一つでいい」
 そう言われ、ディアスは困って苦笑する。
「いいじゃないか、両方につけたって。男だって両方につける人もいるんだぞ」
 説得しようにもフランベルジュは、「両方はいや!」と、言って聞かないので、ディアスは仕方なく左耳だけに耳飾りをつけてやった。
 そして、手の平に残ったもう一つの耳飾りをディアスは自分の左耳につけた。
「よし、これでいいだろ。お揃いだ」
 満面の笑みでそう言うディアスに対し、フランベルジュは泣きそうな顔をして激しく首を横に振る。
「やだやだやだ! 父さんとお揃いなんてやだー!」
「両方つけるのが嫌なら父さんとお揃いで我慢しなさい」
 ディアスが意地悪くそう言うと、フランベルジュはぷい、と、そっぽを向いて自分の部屋に行ってしまった。

 しばらくして、フランベルジュがとぼとぼと玉座の間へと戻って来た。
「父さん……」
 フランベルジュの耳にはさっき買った耳飾りがある。嫌になって外してしまったかと思ったが、そうではないようだった。
「どうした。父さんに言いたいことがあるのか?」
 ディアスが優しい口調でそう尋ねると、フランベルジュはゆっくり頷いた。
「ありがとう。僕、大事にするから……」
 そして、俯き加減にこう付け足した。
「片方は、父さんにあげる」
 気づけばディアスは玉座から立ち上がり、フランベルジュを強く抱きしめていた。
「フランベルジュ、お前って奴は……」
 なぜだか目頭が熱くなる。
「本当に可愛くないな。私に、そっくりだよ」
「それは、だって……」
 腕の中でフランベルジュがにやりと笑った。
「僕は父さんの息子だから」
 誇り高き竜の一族であること。そんなことより、フランベルジュはディアスの息子であるということの方がずっと誇りに思える。
 ディアスには、絶対に絶対に言わないけれど。
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