Simple Site

ラジエルの書第三十巻―北の国の王―  3

数日後、使節団はグロムナート王国に向けて出発した。
その中にはもちろんヒューエルの姿もあった。身分を隠さなければいけないというのに、大きな体のせいで一際目立っている。しかもそのへんの農民と同じようなぼろを纏っていたので、余計に人目を引いた。
 ヒューエルは使節団員全員に、自分のことをピーターと呼ぶように命じた。これも身分を隠すためだったが、呼び方一つ変えただけで身分の壁が崩壊したらしく、ヒューエルは毎夜兵士たちと酒を飲んでは馬鹿騒ぎをした。レフォルトの不安は的中したのだ。
 いくらパンドル伯爵がウォッカを隠していても、これだけの人数がいれば全くの無駄。ウォッカを隠し持っている連中はたくさんいた。
「身分を隠していても、あなたは王なのですよ? 兵士なんかと馴れ合ってないで、もっと自覚を持ってください。今ならレフォルト殿の苦労がよく分かります……。どうかこの旅の目的をお忘れになりませんよう」
「す、すまん……」
 こんな調子で酒が入っていない時は素直なのだが、夜になればまた同じことの繰り返しだった。
 だが、兵士をはじめ平民たちは、自ら進んで粗末な服に袖を通し、身分の差など関係なく気さくに話しかけてくれる王に好意を抱いていた。
 酔っ払って暴れ出したピーターを止めるのは毎回命がけだったが、だんだんと伯爵も文句を言う回数を減らしていった。
旅は長い。団員たちの士気を高く保ち続けることも、とても大切なことであった。
 そして城を出発してから三ヶ月、ついに使節団はグロムナート王国に到着した。
「すっげー! ここがグロムナート王国か……」
「あの城を見てみろよ。ものすごくでかくて豪華だぜ!」
 北の国からやって来た団員にとって、この王都はまさに別世界。見るもの全てが新鮮で、ピーターの計画に賛成した者も、そうでなかった者も、疲労を忘れてはしゃいでいた。
 放っておくと子供のように勝手にどこかへ行ってしまいそうだった。
「皆さん、今日はこのままルヴェル公爵の館に向かいましょう。……きっとご馳走が食べられますよ」
 ご馳走、と聞いて彼らが従わないはずはない。一行は大人しく伯爵とピーターの後についていった。
 王都の中には、城と見間違うほどの豪邸がいくつもあり、ルヴェル公爵はその中の一つを、使節団のために貸してくれた。
 伯爵と共に挨拶をしに行くと、公爵は笑顔で二人を迎えてくれた。
「ようこそヒューエル様。ああ、ここではピーターさんとお呼びしたほうがよろしいですかな?」
 公爵は三十代前半の気のよさそうな男で、これもまた気のよさそうな美しい妻が傍らにいた。
「お会いできて光栄ですわ。本当にお若い王ですこと」
 夫人はスカートの端を掴み、膝を軽く曲げて挨拶をした。
「こちらこそ、我々を快く受け入れてくれたことに感謝する」
「これから騒がしくなりますよ、公爵……」
 隣で伯爵が言うと、公爵は愉快そうに笑った。
「君は少しも変わっていないな。実は今夜屋敷で舞踏会を開くのだが、よかったらピーターさんと一緒に出席しないか?」
「舞踏会……ですか。ええと……」
 舞踏会。何やら聞いたことのある言葉だ。
 なぜだか伯爵が渋っているので、ピーターは肘で伯爵をつついた。行きたい、という意思表示のつもりだった。
「っう……出席します」
 軽くつついたつもりにしてはあまりにも力が強すぎ、伯爵は左に二歩ほどよろめいた。公爵はそれを笑って受け流す。
「そうかそうか。では今夜、屋敷に来てくれよ。ピーターさん、お待ちしておりますからね」
「ああ、必ず行くぞ」
 伯爵は体勢を整え、わざとらしく咳払いをした。
「では公爵。今夜の準備もありますので、今はこれにて失礼致します」
「そうだな。長旅で疲れているだろうから、少し休んだほうがいい」
 公爵に挨拶を済ませた後、二人は早速舞踏会の準備にとりかかった。ピーターがいそいそと自国から持ってきた豪華な服に袖を通して見せた。
「ここへ来る前に新調したんだ。なかなかいいだろう?」
 鏡を見ながら服装を整えていると、その背後に気難しい顔をしている伯爵が映っていた。両腕を組み、ううんと唸りながらピーターの服を見ていた。そして、一言。
「それでは駄目です」
「な、なにー!」
 ピーターは鏡と伯爵を交互に、そして何度も見た。一体どこがいけないと言うのか。ピーターが着ている服は、北の国では公的な場で用いられる正装だ。
「着崩したりしてないぞ! ちゃんと……」
「ええ、分かっていますよ。問題なのはそのデザインです。この国では、そのように裾の長い服はもう着ないのですよ」
 伯爵が言うには、この服は流行遅れで、舞踏会に行くには違う服を探さなければいけないとのことだった。
「だ、だけどレフォルトが正装はこれでいいって……」
「レフォルト殿が? し、しまった!」
 伯爵は額に手を当て、苦い顔をした。
「幼い頃よりずっと北の国にいては、他国の衣装のことなど詳しく知るはずがありません。ましてや流行など……」
さすがのレフォルトでも、目まぐるしく変わるファッション事情には疎かったようだ。
「申し訳ありません、ピーター様。これはレフォルト殿に全てを任せきりにしてしまった私の責任です。すぐにでも新しいお召し物を用意しなければいけないのですが、ピーター様に合うサイズのものがあるかどうか……」
 この時ばかりは、自分の体が他人より一回りも二回りも大きいことを恨んだ。
 散々悩んだ挙句、ピーターは自国から持ってきたこの服をそのまま使うことにした。他にどうすることもできず、伯爵も道連れになるという条件でそうしたのだ。
「私はこの服、好きですよ。でも舞踏会に……舞踏会に着て行くのは……」
「ええい、今さらごちゃごちゃ言うな」
「ま、まあ異国から来たと言えばなんとかなるでしょう。それに……そうです。私の責任ですから……」
 伯爵は自分に言い聞かせるようにそう呟くと、覚悟を決めて着替えを始めた。
 二人はあまり人目につかないよう、こそこそと公爵の屋敷に向かった。目立ちたくなかったので、馬車での迎えは伯爵が断ったのだ。
 だが、例によってピーターの長身が災いし、目立たないようにするという作戦は失敗した。屋敷に入ると、ほとんどの招待客が二人に注目したのだ。
「ようこそピーターさん。そして伯爵。なかなか面白い恰好をされていますがそれは……」
出迎えてくれた公爵は、二人の異様な服装を見てちょっとだけ首をかしげた。
「これはですね……北の国に古くから伝わる民族衣装です。舞踏会にいらっしゃった方々に我が国の文化をですね……」
「そうなのですか! いやあ、それはありがたい。舞踏会に来る人たちは皆珍しいものが好きなのです。きっと喜びますよ」
伯爵の大嘘のせいで、舞踏会に来た人たちに間違った文化を伝える羽目になった。自国では正装として扱われる服が、民族衣装になったのである。
異様な姿をした二人はかなり浮いた存在だったが、逆にそれが良い方に転び、ピーターは美しい貴族の娘とダンスを踊ることになった。
「ピーター様、ダンスの踊り方は覚えていますか?」
 伯爵が小声で言う。
「大丈夫だ。毎日レフォルトと練習してたからな」
ピーターは自信満々で、音楽に合わせてダンスを踊り始めた。なるほど、毎日練習していただけのことはある。ピーターは驚くほど器用にステップを踏んでいる。しかし、時々小首をかしげては眉を曇らせていた。
 ダンスが終わり、ピーターが戻ってきた。
「いかがでしたか?」
「む……その、なんだ……。グロムナートの女性の肋骨はとても硬いのだな。びっくりしたぞ」
「……はい?」
 ピーターが何を言わんとしているのか理解できず、伯爵はきょとんとした。しばらく考えて、心当たりが一つ。
「……ピーター様、それは恐らくコルセットです」
「コ、コルセット?」
「コルセットは、女性が体型を整える為に使う下着ですよ」
「そうか。あれは下着なのか」
 二人は顔を見合わせて力なく笑った。
「……肋骨かと思った」
 隣でピーターががっくりと項垂れる。
 伯爵は腹を抱えて大笑いしたいのを必死で堪えた。さっきピーターとダンスを踊った娘がこちらに近づいてきたのだ。
「ちょっとよろしい?」
 娘はピーターと話をしたがっている。伯爵は失礼のないよう、そっと席を外した。
「先ほどはとても楽しませてもらいました。よければゆっくりお話でもしません?」
「え? あ、ああ……」
 ピーターは戸惑った。と言うのも、娘が何の躊躇いもなくピーターの手を取ったからだ。
「ピーター様は北の国からいらしたのでしたね。そこはどんな所なんです? どんな人たちが生活してるんですか?」
 娘はたくさんの質問をピーターに投げかけてきた。始めのうちは丁寧に応答していたのだが、時間が経つにつれだんだん会話が面倒になってきた。なんだか決まりきった台詞を言わされているように感じるのだ。ピーターにとって、貴族との会話は退屈そのものだった。
「そ、そろそろ……」
「あら、もう行ってしまうの? 残念だわ……。今度、私の屋敷にも来てください。きっとですよ」
 娘は名残惜しそうに何度も何度もそう言った。
 その様子を見ていた伯爵が苦笑する。
「あなたに気があったようですね」
「そのようだ……。しかし……」
「ああいう娘はあなたの好みではありませんね」
 伯爵が小さく笑う。
 整った顔立ち。黄金のように煌めく金髪。細い肩。女性なら誰だって羨むであろう。娘はその全てを持っていた。しかし、ピーターはそんなことには全く興味がなく、なんの感情も抱けなかった。


 舞踏会の一件で、ピーターは自分に上流階級の暮らしは合わないと悟った。堅苦しい貴族のしきたりやマナーはグレッツェオ男爵に学んでもらうことにし、自分は他の団員に混じって街のいろいろな施設を見学した。
まず始めに訪れたのは鉄工所。戦争をするのに、もっと強い武器が欲しかった。ピーターはここで、何人かの団員を働かせることに成功した。こうすれば、武器そのものではなく技術を持って帰れるのだ。
 見ているだけではつまらないと、ピーター自身も団員に混じって働いた。金鎚を振るう姿は誰よりもさまになっていて、大きな体のわりには細々とした作業も得意だった。
 そして次に向かった先の病院で、ピーターはとんでもない技術を習得する。
それは、後に団員だけでなく国民までをも恐怖のどん底に陥れることになる歯科医療技術だった。
 医者に混じって講義を聞いているうちにだんだんと興味がわいてきて、ピーターは自分用の医療器具を買い込んだ。そして実験だと言って、容赦なく団員たちの歯を抜いて回ったのである。
「なんか最近歯が痛くてさー」
 ある日のこと。団員の一人が、何気なくこんなことを言った。
「ばっ……。お前、そんなこと言ったら……」
「なんだよ。痛いもんは痛いんだ。仕方ないだろ」
「そうじゃなくて……ひ、ひぃぃっ」
「だからなに……」
 振り返ると、何やら奇妙な器具を手に持ったピーターがいる。笑顔のまま近づいてくると、歯が痛いと言った団員の顎を、がっしりと掴んだ。ものすごい力だ。
「痛いなら、その歯は抜いてしまえばいい! そうは思わんか?」
「ぬ、抜くって……」
「心配するな、一瞬だ」
「はっ……? ちょ、ちょっとピーターさ……いや、王様! やめてください王様!」
 その様子を見ていたもう一人の方は、耳を塞いで床にうずくまった。
「ぎゃああああ!」
 哀れな団員の叫び声が屋敷中に響き渡る。
 この断末魔の叫びを聞いた他の団員は、もう夢中で歯磨きをしたとか。
 ピーターはこうして団員たちの歯を抜いては、小さな袋にコレクションしていった。
 しかし、歯を抜かれた団員のうち何人かは涙ながらにこう語った。
「歯を抜かれた時より、顎を掴まれた時の方が痛かった……」


 その後もピーターは学校や魔法研究所など様々な施設を訪問したが、最終的に自分は造船所に腰を落ち着けた。船を造るのはピーターの長年の夢であった。
 造船所ではピーター以外の団員も数名働いている。皆大変働き者だったが、その中の誰よりもピーターが一番よく働いた。
「お前、なかなか器用だな。飲み込みも早いし、気に入ったぞ」
 そう言ったのは、この造船所でピーターの面倒を見てくれているジェフという男だった。ジェフは立派な口髭をたくわえており、つい「親父」と呼びたくなるような風貌をしていた。
 ピーターは造船所での仕事に夢中になった。毎日汗だくになりながら働き、気づけばこの国に来て三ヶ月もの月日が流れ、季節はもうすぐ秋になろうとしていた。
 そんな時、ピーターにちょっとした転機が訪れる。きっかけは、最近よく造船所へやって来るようになった一人の女性。ジェフの娘で、名をルーシャと言った。
「いい加減にして父さん! 今、収穫期なんだよ。分かってる?」
 ルーシャの怒鳴る声が向こうから聞こえてくる。ピーターは仕事をする手を止め、何気なく二人の方を見ていた。
「農夫のくせに朝から晩までこんな所にこもって……。うちの仕事を優先してくれなきゃ困るじゃない!」
 ものすごい剣幕で怒っているのにも関わらず、ジェフの方は手を休めるどころか、ルーシャを見ようともしなかった。
「今は手が離せない。こいつらに、船の造り方を教えてんだ」
「またそうやって……。もう、いいよ。父さんが来てくれないなら人を貸して! これだけいるなら一人くらい連れてっても文句ないでしょ?」
 ルーシャのその言葉に、ジェフはふと手を止めた。
「ふむ……。いいぞ。お前の好きな奴を連れて行け」
 そう言われ、ルーシャは造船所で働く連中を見回したが、一体誰を連れて行くべきか検討もつかなかった。
「誰が誰かも分かんないのに決められないよ! 父さんが選んで」
 ジェフは無言で立ち上がり、ルーシャと同じように造船所を見回した。
 不意に、ピーターと目が合った。
「おい、お前!」
「え、私……?」
「そうだお前だ。ちょっとこっちに来い」
 ピーターは完全に仕事を中断し、ジェフとルーシャのもとへ行った。
「ちょっと悪いんだが、うちの畑仕事を手伝ってやってくれないか。俺は仕事でここを離れられないし、娘一人じゃ大変だろうからな」
「は、はあ……」
 ジェフはピーターの意思も聞かず、勝手に事を進めていく。
「ほら、ルーシャ。こいつでいいだろ」
「もう誰でもいいよ」
 ルーシャは、はぁっと大きなため息をついた。なんだか投げやりな雰囲気にピーターは困惑した。
「あなた、名前は?」
「ヒュ……ピーターだ」
「じゃあピーター。これからいろいろ手伝ってもらうね。すぐ来て。仕事は山積みなの」
 自己紹介もほどほどに、ルーシャは早足で造船所を出て行ってしまった。
「畑仕事はきついが、お前なら大丈夫だ。頼むぞ」
 ジェフはにやにやしながらピーターの肩を叩いた。
「ほら、早くしないとあいつ、行っちまうぞ」
 こうしてなぜだかピーターの仕事場は、造船所から農村に変わってしまった。事態がよく飲み込めないまま、慌ててルーシャの後を追った。
「家は、遠いのか?」
「街を出てすぐだよ。そこに村があるの」
 並んでみて分かったのだが、ルーシャはピーターの隣にいても違和感がないほど身長が高かった。男ならこのくらい背が高い者もいるが、女では初めてのことだ。
「あなた、どこから来たの? この国の人じゃないんでしょ?」
「北の国だ。ここよりずっと、寒いところだぞ」
「ふうん。あたし、この国から出たことがないから分からないけど、やっぱり自分の国と外国じゃいろいろと違うものなの?」
「そうだな。何もかも違う。驚くことばかりだ」
「じゃあ、うちへ来たらもっとびっくりするかもね」
 ルーシャの住む村は、王都を出てすぐの所にある川の上流にあった。辺り一面が金色の麦畑で、その近くには毛を刈られ終わった羊たちを連れた羊飼いがいた。
 その光景を見て、昔レフォルトと一緒に遊び歩いた村を思い出す。
「麦畑の向こうにあるのが葡萄畑。もうすぐ収穫期なの」
 ルーシャが指で示した。
「初めて見た……。すごいな」
「ピーターの国にはないの?」
「あることはあるが、あんなふうにたくさん植えない。一体何に使うんだ?」
「あれはね、ワインにするんだよ」
「ワイン?」
「葡萄を使ったお酒!」
「酒、か……」
 ごく、とピーターが唾を飲んだ。
 話しながら二人はルーシャの家までやって来た。そこは木造の小さな家で、隣には鳥小屋があった。中から鶏たちのせわしない鳴き声が聞こえてくる。
「お姉さん!」
「お帰りお姉ちゃん」
「お父ちゃんはー? 一緒じゃないの?」
「お腹空いたよー」
 鶏小屋に気を取られていると、家の中から四人の男の子たちがぞろぞろと出てきた。弟たちだろうか。
「はいはい、皆騒がない! 今日は父さんの代わりに仕事を手伝ってくれる人を連れて来たよ。あんたたち、そこに並んで自己紹介しなさい」
 言われるままに弟たちは整列し、背の高い方から
「僕はロベルト!」
「イーヴだよ」
「アルド」
「ラ、ラッセ……」
 と、元気よく言った。ロベルトは十二歳でこの中では一番年上で、四歳のラッセが末っ子だ。イーヴとアルドは同じ六歳だったが、双子にしては全く似ていない。
「あれ……。一人足りないね。ジョゼはどこ行ったの?」
「ジョゼお兄さんならきっと葡萄畑です」
 ロベルトが言う。
「呼んで来ましょうか?」
「うーん……。いいや、あたしたちが行ってくる。あんたたちは鶏小屋の掃除でもしてなさい。どうせまだなんでしょ?」
「はーい。イーヴ、アルド、ラッセ! 仕事だよ」
 聞き分けのいいロベルトは、他の弟たちと一緒にすぐに言われた仕事にとりかかる。
「ロベルトに任せておけば安心なの。さ、行こう」
 麦畑を通り過ぎてしばらく歩くと、ルーシャが言った通りたくさんの葡萄の木が見えた。だが、それよりもピーターの目に真っ先に飛び込んできたのは、金髪の可愛らしい少年だった。
「ジョゼー!」
 ルーシャが呼ぶと、ジョゼは笑顔で駆けて来た。そしてそのままルーシャに抱きつく。
「ただいま。今日はね、畑仕事を手伝ってくれる人を連れて来たんだよ。ピーターっていうの」
 ジョゼは背の高いピーターを見上げた。こんな大きな人間を見たのは初めてなのだろう。青い目をぱちくりさせている。
「お前……」
 ジョゼと目線が同じになるよう、ピーターは地面に膝をつけた。そうしてまじまじとジョゼの顔を見る。
「年はいくつだ?」
 ピーターに問われ、ジョゼはルーシャの方を見た。
「ジョゼは十五だよ。チビたちの中で一番年上なんだよね」
 ルーシャが答えると、ジョゼは再びピーターと視線を合わせ、頷いた。その一連のやりとりでピーターは悟った。
「口がきけないのか……」
 ジョゼは別段気にした様子もなく、頷いて見せた。そして、右手をピーターに差し出した。
「よろしく、だって。さ、ピーター、握手!」
「あ、ああ。よろしく、ジョゼ」
「ジョゼは……生まれた時から口がきけないの。でも、とってもいい子なの。ね、ジョゼ」
 ルーシャが頭を撫でると、ジョゼはちょっと頬を赤くした。
「……ジョゼと他のチビたちは、父さんが拾ってきた子たちなの。賑やかでいいでしょ?」
 ルーシャはちょっと皮肉っぽくそう言って笑った。
「さあ、そろそろ戻ろっか。仕事を始めなくちゃ!」
 早足で歩きだしたルーシャを、十五にしては体の小さなジョゼが追う。
「ジョゼ」
 ピーターが呼ぶと、すぐにジョゼは振り返った。
「……今日から、私とお前は友達だ。いいか?」
 それを聞いたジョゼは飛び上がり、すぐさま駆け寄ってきてピーターに抱きついた。よほど嬉しかったのだろうか。
「おおっと」
ピーターはそのままジョゼを抱き上げ、肩車をした。
 高い場所が怖くないらしく、ジョゼはご満悦だった。
「二人とも何やってんの。早く行くよ」
「姉さんを怒らせる前に行かないとな、ジョゼ」
 二人は顔を見合わせ、笑みを浮かべる。今なら二人で、最高に面白い悪戯を考えられそうだった。
 まだ出会ってほんのわずかな時間しか経っていないのに、ピーターはこの口のきけない少年に妙な親近感を抱いていた。
2←→4

TOP