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レフォルトの手記

 あなたには、私の全てを捧げてもいいと思って今まで生きてきました。大きくて、馬鹿みたいに力が強くて、むちゃくちゃな……でも、優しい優しいヒューエル様。私はあなたが大好きでした。愛していました。今でもその気持ちは変わりません。出会った時からこの気持ちが薄れたことも、一度たりともありません。あなたのためにずっと生きてきました。

 ヒューエル様、覚えていますか。寒い冬の日、あなたがつくった小さな舟を二人で見に行ったこと。大変良くできていたのに、櫂と帆がなかったあの舟。舟として使えないと分かると、戦争ごっこで要塞をつくる材料にしてしまいましたが、私は結構気に入っていたんですよ。いつか大きな船に乗せてやるって、言っていましたね。そして、夢は叶いました。今度はどこへ行くのでしょう。私も一緒に、連れて行ってくれますか? あなたと一緒なら、何かとても素敵なものが見られそうな気がするのです。

 ヒューエル様、覚えていますか。王位奪還戦の後、何者かがソフィアを殺したこと。結局犯人は見つかりませんでした。それは、当然です。やったのは、私なのです。外国人だという理由で私を卑下し、あろうことかヒューエル様を口汚く罵った……私はあの女が赦せませんでした。あの時、あなたがあの女を殺すことを黙認することもできました。しかし、あなたの手を、剣を、あの女の血で穢したくなかった。
私が剣を振り上げた時、あの女は命乞いをしました。
私は聞きませんでした。
目の前が、真赤に染まりました。

 ヒューエル様、覚えていますか。グロムナートに出発する前夜、二人で紅茶を飲んだこと。離れるのが寂しいとそればかり思っていた私に、あなたは「かわいい」と言いました。とっても恥ずかしくて……でも、ちょっとだけ嬉しかった。こんな日がいつまでも続いて、あなたがいつか、私の欲しい愛をくれると思っていました。だから、遠く離れたあなたのために、マフラーを編みました。他の人に知られたくなかったから、毎晩部屋でこっそり編みました。あなたの喜ぶ顔が見たくて。
でも、私は愚かでした。

 ヒューエル様、覚えていますか。あなたがグロムナートから帰って来た日のこと。ルーシャ様を連れて帰って来たあなたは、一年前とは全く違っていました。私の知っているヒューエル様はどこへ行ってしまったのでしょう。ヒューエル様が結婚すると聞いて、私は胸が裂ける思いでした。いつかはこんな日がくるとは思っていたけど、現実を受け入れることはできません。王であるあなたが結婚することはおかしいことではありません。でも、なぜ、なぜその人なのですか。その人には、私以上の魅力があるというのですか。あなたは、私のことを愛してはいなかったのですか。
いろんな思いが頭の中でぶつかり合いました。分かっています。分かっているのです。当然のこと、私があなたと結婚などできるわけがない。だけど、身分が違うからとか……歳が違いすぎるから……同性だからとか……。そんな理由で、愛し合うことが許されなくなるのですか? 愛し合う権利すらないのですか? ……私はそうは思いません。あなたなら分かるはず。そんな簡単な理由で諦められるほど、軽い想いではないのです。
誰よりも愛しているのです。その人を、あなたを、ヒューエル様を、この世の誰よりも愛しているのです。ヒューエル様を一番愛しているのは私です。ヒューエル様を一番理解しているのも私です。
そう、公言できたら、私の心はどんなに救われたことでしょう。しかし、私の立場が、世間が、それを許しはしませんでした。
 ヒューエル様、これはあなたには話していないことです。その日私は、城の廊下ではしゃぎ回る彼らを見つけました。私は彼らを叱りました。憎くてそうしたわけではありせん。でも、どこかそういう気持ちもありました。私は彼らの存在も受け入れられませんでした。走り回るなと注意したら、あろうことか、あなたの名を呼び捨てにして、あなたが走り回ることを許可したというのです。私はとても腹立たしかった。彼らが嘘をついているとは思いません。あなたならきっとそう言うでしょうから。でも、彼らが私の居場所を奪って行ってしまうような気がしてならなかったのです。いくら子供とはいえ、相容れぬ存在だと思いました。でも、ジョゼが……ジョゼの存在が私を変えました。ジョゼは不思議です。あの子は人とは何かが違う。血が繋がっているとか、そんなことは抜きにして、です。あの子の慈愛に満ちた心、誰も差別しない綺麗な心。そんな心が私を変えたのでしょうか。言葉はなくとも、私にはジョゼの気持ちが分かります。ロベルトのように体の一部を接触しなくとも、私には、分かりました。なぜ神はあの子から言葉を奪ってしまったのでしょう。ヒューエル様、やはりあなたが言う通り、この世に神など存在しないのでしょうか。
ジョゼを愛おしく思い、他の兄弟たちも愛おしく思えるようになりました。ロベルトはジョゼの側近にふさわしいほど優秀です。少し自信がない部分もあるようですが、私は彼に大いに期待しています。アルドは生意気ですが、素直じゃないだけで根は大変真面目で優しい子です。剣の腕前も良いと聞いています。イーヴは気弱な一面もありますが、部隊を任せられるほど成長しました。アルドと似ていてよく間違えるので、見分けがつくよう髪を切るよう言いました。だからアルドと間違えられることがなくなったのですよ。ラッセは私の期待を良い意味で裏切ってくれました。いつも兄たちの後ろに隠れていたラッセが、斥候として素晴らしい能力を発揮するとは思いもよりませんでした。彼らは我が国の宝です。これからもっと成長していくことでしょう。ジョゼにはいずれ私の後を任せたいと考えています。あの子にはそれに値する能力が十分すぎるほどあるのです。
ルーシャ様と接するのは、とても辛かったです。ルーシャ様は何も悪くありません。でも、私は激しく嫉妬していました。ヒューエル様に愛されたルーシャ様が憎らしく思えました。しかし、王妃であることは事実です。万が一にも失礼があってはなりません。私はルーシャ様と接する時、自分を押し殺していました。笑顔も無理矢理作りました。そんな私だったのに、ルーシャ様はとても優しくしてくれました。弟たちのこといつもありがとうと、こんな私なのに、毎回声を掛けてくださいました。ようやく、受け入れられました。ルーシャ様はヒューエル様に相応しい女性だと。パンドル伯爵も言っていたこと、今なら素直にそう思えます。ヒューエル様、あなたは間違っていなかった。
しかし、私のあなたへの想いが消えたわけではありません。

 ヒューエル様、覚えていますか。あなたの母上であるナタリヤ様が亡くなった日のこと。私はナタリヤ様のことが大好きでした。当時外国人への風当たりが強かったにも関わらず、遊びに行けば私を温かく迎えてくれた、優しいナタリヤ様。当然のことながら、あなたは大変心を痛めました。涙を流しました。あなたの胸の中はナタリヤ様のことでいっぱいだったはずです。
……ヒューエル様、私が死んでも、そんなふうに悲しんでくださいますか? 私のことを忘れずにいてくれますか?

嘘です……嘘です。
嘘です嘘です嘘です。
死ぬなんて、安易な考えですよね。あなたの気を引きたいから死ぬなんて……。自分の考えが浅はかすぎて、情けないです。私は決して、あなたを悲しませたいのではありません。こんな心の汚い私だから、あなたに愛してもらえないのでしょうか。
嫌です。そんなの嫌です。ごめんなさい。嘘なんです。あなたに愛されたい。その一心なのです。あなたの気を引きたいのです。少しでも、私を見て欲しいのです。私を見てください。私に触れてください。私を愛していると言ってください。他には何もいりません。地位も、財産も、いりません。私が欲しいのはそんなものではありません。宰相でなくなってもいい。あなたが愛してくれるなら。
でも、だめなのです。あなたにこの気持ちを打ち明けることはできない。私は、今の生活にも幸せを見出しました。ジョゼ、兄弟たち、ルーシャ様……。十分すぎるほど、幸せです。形は違えど、私は愛されているのかもしれません。そして、彼らの幸せを壊したくない。私の欲しい愛とは違うけど、このままでも、いいのかもしれません……。

ヒューエル様、私はどうしてもあなたに聞きたいことがあります。メディア様のことです。あなたはなぜ、彼女を愛せないのでしょうか。愛する人との間に生まれた、愛すべき存在ではなののですか。これでは、メディア様があまりにも不憫です。どんな形であれ、愛されない苦しみはよく分かります。だから私はメディア様を放ってはおけませんでした。あなたに聞きたいと言いつつ、実際に聞くことはできませんでした。さすがの私でも、それは恐ろしくてできません。聞いてはいけないことのように思えました。しかし、今思えば、聞いておくべきだったのかもしれません。それも、私の役目の一つだったのかも。メディア様には申し訳ない気持ちでいっぱいです。でも、ジョゼや私がいるから、安心してください。メディア様を守る者は、ここにいます。
ヒューエル様、そんなあなたを見ても、私のこの気持ちは変わりません。

 私は生涯、一人の女性も愛せませんでした。ヒューエル様が美しい娘を紹介してくださったこともありましたが、私の気持ちが揺らぐことはありませんでした。これからもきっと、そうなのでしょう。あなたへの愛に悩み、苦しむ日々も変わりません。
あなたに愛されたい。でも、私は決してあなたにそれを言うことはありません。死ぬまで、死んでからも……。
後悔はしません。だって、ね、ヒューエル様。
いつか生まれ変わったらね……。その時は、きっと愛し合える者同士だから。
さようなら、私の恋心。さようなら……。
私に死が訪れた時、思い出すのでしょう。
あなたと過ごした日々、思い出、そして、恋心を。
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