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少年の旅路  3

  ディアスが支度を整え宿を出ると、外ではすでにヨアンネスが待っていた。
 昨日と同じようにローブを身に纏い、手には自分の背丈ほどもある杖を持っている。
 普通に挨拶をしようと思っていたディアスだったが、その姿を見て昨日から我慢していたことを口走った。
「その、ローブ? ださくないか?」
 ヨアンネスの白いローブには刺繍の一つもなく、子供が読む絵本から飛び出してきた魔法使いそのものだった。これにとんがり帽子があれば最高なのだが、ヨアンネスは帽子はかぶっていない。
「やっぱりそう思います?」
 ヨアンネスはローブを掴みながら言った。
「念のため言っておきますが、他の魔法使いもみんなこの恰好をしていますよ」
「知ってるよ」
 ヨアンネスと同じ格好の魔法使いを、ディアスは昨日すでに何人か見かけていた。
「私が偉くなったら、絶対にこのローブのデザインを変えてみせます。いや、このローブのデザインを変えるため、私は絶対に偉くなります!」
 ヨアンネスは拳をぎゅっと握りしめ、出世欲に燃えた。微妙な動機だが、このださいローブはさすがにかわいそうなので、ヨアンネスの出世のためにディアスは狼退治を頑張ろうと思った。
 二人は王都を出て、ディアスが通ってきた森とは反対の方角にある森を目指した。
 狼たちのねぐらはその森にあり、恐ろしがって誰も近寄らないのだという。
「この森は食べ物も豊富で綺麗な水もあります。狩りや木の伐採をするためにここへ来る者も稀にいますが、多くは狼に食い殺されています」
「まさに狼が支配する森だな」
「王都の発展のため多くの森を切り開き、そのたびに狼たちは住処を追われました。今、彼らはこの森を最後の砦としているようです」
 ヨアンネスの話を聞きながら、ディアスは自分の国のことを考えた。南の地に黒竜族が国を構えてからそう長い年月は経っていないが、自分たちも他の動物の住む場所を奪ったのかもしれないと思うと、他人事とは思えなかった。
「しかし、これはグロムナートだけの問題ではありません。とても大きい、難しい問題です」
 二人は一時間ほど歩き、狼たちの森に辿り着いた。森の中は薄暗かったが、鳥や獣の姿が見える。どうやら狼以外の動物も多く暮らしているようだ。
 狼たちのおかげで人間が出入りしないので、動物たちにとって住みやすい場所なのかもしれない。
 草木をかき分け先に進んで行くと、水の匂いがした。
「川があるのか?」
 ディアスが問うと、ヨアンネスがすぐに答える。
「いえ、泉です。すぐ近くですから、行ってみましょう」
 そう言って二人はさらに森の奥へと進んで行く。すると、ヨアンネスが言った通りそこには水が湧く泉があった。
「本当に泉が……」
 あったのか。そう言いかけたディアスは、泉の傍で水を飲んでいた狼の一匹と目が合った。
 驚いてその狼から視線を逸らすも、その隣も、そのまた隣も狼だらけだった。
 思わず一歩後ずさるディアスだが、狼たちは唸り声を上げてじりじりと近づいてくる。
「なぜここへ来た!」
「身の程知らずどもめ」
 狼は口々にそう言いながら。牙を剥く。
 とても話し合いなんてできる雰囲気ではない。ディアスもヨアンネスも手の中で武器を握りしめる。
 殺さないでくださいね。
 こちらを見たヨアンネスの目がそう言った。
 その時、一匹の狼がディアス目がけて飛び掛かって来た。身構えていたディアスは、剣に手を掛けたままそれを難なく避けた。
 ヨアンネスは致命傷を与えないよう、弱い雷で狼を自分に近づけないようにしていた。
 飛び掛かって来る狼を避けてばかりのディアスに、ベリアルが言った。
「今コソ、オ前ノショボイ魔法ヲ使ウ時ダ!」
 魔法を使うために必要な魔法石は、剣の柄の鍔の間にはめ込まれている。魔法なら、鞘から剣を抜かなくても使うことができた。
 ディアスは腰から鞘ごと剣を抜いたが、ヨアンネスのように上手く魔法を使うことができないことは自分がよく分かっていた。
 迷っていると、再び狼がディアス目がけて飛び掛かってくる。
「ショボイ魔法デモイイ、使エ!」
 ディアスは魔法石を狼に向け。怒りのこもった声で叫んだ。
「しょぼいしょぼいって言うな! バカ親父!」
 魔法石から放たれた黒い閃光は、飛び掛かって来た狼に当たった。それは一見派手に見えたが、威力が弱すぎて痛くもかゆくもなかったようだ。
 攻撃を受けた狼は地面に転がったが、すぐに起き上がり、負傷した様子はなかった。
 ものすごく悔しいが、やはりディアスの魔法はしょぼかった。しかし、それを見ていたヨアンネスは非常に感心したようだった。
「さすがディアス! 手加減の仕方をよく分かっていますね」
 わりと本気で魔法を使ったディアスは何も言えず、地面に転がった狼が立ち上がるのを見ていた。あわよくばヨアンネスから魔法陣の描き方の一つでも教えてもらおうなんて考えていたが、これでもう言い出せなくなった。本気でやったのに手加減だと思われる魔法しか使えないのでは、魔法陣なんて夢のまた夢だ。
「どうした。剣を抜けよ。オレたちを殺しに来たんだろう?」
 ヨアンネスの目の前にいた狼が、二人を馬鹿にするように言った。
 杖を地面につき、ヨアンネスは言った。
「違います。私たちはあなたたちを殺しに来たのではありません。何かあなたたちの助けになれることはないかと……」
 そこまで言うと、この群れのボスであろう大きな狼が前へ進み出て来た。彼は唸り声も上げなければ、牙も剥いていなかった。しかし、彼は二人に侮蔑の目を向けていた。
 そして、ゆっくりと口を開いた。
「助ける? お前たちがオレたちを?」
 彼は笑った。
「傲慢だな。オレたちが人間の助けを必要としているように見えるか? 元はと言えば、人間のせいでオレたちは住処を追われ、多くの仲間も亡くした。復讐を誓うことはあっても、助けを求めることはない」
 彼の言うことが至極もっともだったので、ディアスはヨアンネスの反論する余地がないのではないかと思った。だが、ヨアンネスの方も引き下がらない。杖を握りしめたまま、少しも臆することなくまたもや彼に言った。
「私たちがあなたたちを助けるという表現は不適切だということは分かりました。しかし、人間が招いた事態であることに変わりありません。私たち人間は、それに対して責任を取る必要があります。あなたたちを絶滅させないために」
 彼は呆れたように顔を横に振ると、どさっと地面に腹をつけて座った。そして、小さく唸った。
「これだから、人間は……。何百年、何千年と同じ過ちを繰り返す。居もしない神に惑わされ、平気で自分以外の生き物を死へ追いやる」
 彼の口から「神」という言葉が飛び出したので、ディアスは恐る恐る尋ねた。
「神って、竜族と戦争をしたアポロンやアレスのこと……だよな?」
 彼は鋭い視線をディアスに向ける。飛び掛かってくることはないだろうが、万が一の事態に備えてディアスは身構えてしまった。
「竜でも、人でもない者よ。いや……そんな呼び方では礼儀に欠けるか。お前はとても不安定な存在だが、それでも竜の気の方がわずかに強い。母親はさぞ強い力の持ち主だったのだろう。そして……」
 彼はディアスから視線を逸らすことなく続けた。
「父親はそこにいる悪魔か」
 彼の言葉にディアスはどきりと心臓が跳ね、ヨアンネスははっとしたようにディアスの方を見た。彼にはベリアルが見えているのだろうか。ヨアンネスが問う。
「悪魔が見えるのですか?」
 すると、彼はヨアンネスに向かって淡々とした口調で答えた。
「見える。お前には見えないのではないか、人間よ」
 ヨアンネスが頷く。
「なぜ見えないか分かるか?」
 ヨアンネスは出会った時にディアスが言っていた言葉を思い出した。悪魔の姿を見るためには魔力が必要だと聞いた。しかし、彼はそれだけではないと言う。
「魔の力を持ち、なおかつその力に敏感な者というのは条件の一つだが、それよりももっと大切なものがある。それは、目だ」
「目?」
 ディアスがすっとんきょうな声を出す。
「どういう意味だ」
 彼は目を細め、ディアスに言った。
「そのままの意味だよ。悪魔を見るための目を、人間は持っていない。悪魔だけではなく、この世界に確かに存在している霊的な存在もな。だから、人間は目に見えないものの存在は信じない。悪魔を恐れることはあっても、心のどこかではそんなものは存在しないと思っている。そうだろう、悪魔よ」
 ディアスの傍で、ベリアルが溜息をついた。仕方ないといったように、ベリアルは口を開く。
「獣共、オ前等ガマダ私ヲ見ル目ヲ持ッテイルトハ思ワナカッタ」
 彼は笑い、ヨアンネスの方を一瞥して言った。
「姿は無理でも、声だけは人間にも聞かせてやったらどうだ」
「仕方ガナイ……。イイダロウ」
 ヨアンネスの耳に、そう言ったベリアルの声が聞こえた。冷静を装っていたが、悪魔と会話をできる日が来たことにヨアンネスは感激していた。ベリアルには聞いてみたいことが山ほどあったが、今は彼の言葉を待った。
「さて、人間よ。お前は話の分かりそうな奴だから、人間が霊的な存在をみる目がなぜないのかを教えてやろう」
 少し間をおいて、彼は言った。
「お前たちが神と崇めている者が、人間からその力を奪ってしまったからだ」
「馬鹿な!」
 ヨアンネスは一歩踏み出し、困惑したように彼に向って言った。
「慈悲深いアポロン様……ましてやその父上であるゼウス様がそんなことをするはずがありません。神はいつも私たち人間を助け、正しい道へ導いてくれます」
 困惑しながらも力強くそう言ったヨアンネスだったが、隣で聞いていたディアスにはいまいちぴんと来ない話だった。ディアスにとって、ヨアンネスが言う「神」は自分には全く縁のない存在であった。
「アポロン様はいつだって、私たちに神託を……」
 神託と聞いて、彼は大笑いした。ヨアンネスは困り顔でディアスを見たが、彼の意図が分からないので肩をすくめるしかなかった。
 ひとしきり笑うと、彼はヨアンネスに言った。
「他国との戦を勧め、人間同士が争うことを良しとした神託がお前たちにとっての幸せか。森を切り開き、その結果オレたちの住処を失くすような神託がありがたいか。お前たちはいつも神の言葉を鵜呑みにするだけで、その先のことは考えない。困ればまた神にすがる。それが奴らの思う壺だとなぜ気づかない!」
「仕方ナカロウ」
 何も言えない二人に代わり、ベリアルが口を開く。
「コノ子等ハ神ノ正体ヲ知ラヌノダ」
 彼はディアスを見た。
「そうなのか。人間はともかく、お前も知らないのか」
 ディアスが頷くと、彼はひどくがっかりした様子だった。だが、一縷の望みをかけ彼はヨアンネスにこう問うた。
「人間よ。お前はオレたちを助けると言った。神が人間にオレたちを滅ぼさせようとするのに、その逆を行くお前は神に逆らおうとしているのか」
 すると、ヨアンネスはとんでもないとでも言うように、大きく首を振った。神に逆らうなど、口が裂けても言えるわけがなかった。グロムナートに住む者は全てと言っていいほどアポロンを信仰していたし、その姿を知っている者も多い。王室だって有事の時はアポロンの神殿へ行って神託を求めるほどなのだ。
「アポロン様の神託があったとはいえ、むやみに森を切り開いてあなたたちの住む場所を奪ってしまったのは人間です。アポロン様は開拓をしろとは言いましたが、狼を殺せとは言っていません。だから、あなたたちが滅ぶことを喜ぶなんて思ってもみませんでした。だから、できることなら助けようと……」
「なるほど。では、お前は神への反逆者も同然だな」
 彼は愉快そうな声色でそう言った。狼を助けることが神への反逆行為だなんて思ってもいなかったヨアンネスの顔は青ざめていた。
 だが、ディアスはヨアンネスが反逆者だと言われても驚くどころか、まあそうだろうなあくらいにしか考えていなかった。狼云々の話の前に、悪魔に興味がある時点で十分神にとっては危険人物ではないか。何を今さら焦る必要があるのか。
「まあ、そんなに気にしなくてもいいんじゃないか。私なんてアポロンとかゼウスとかよく分からんし」
 ヨアンネスを安心させようとしてそう言ったのだが、彼はそんなディアスを叱咤するように言う。
「黒い竜よ、お前は神のことを知らなすぎる。お前の一族は忘れてしまったのか。あの悲惨な戦いの記憶を」
 母が聞かせてくれた戦のことに違いないと分かったが、ディアスはその詳細を知らなかった。黒竜族の国でもあの時の話をする者はほとんどいなかった。
「今ノ黒竜族ノ王ハ、国民カラアノ戦ノ記憶ガナクナッタ方ガ良イト考エテイル」
 ベリアルの言葉でディアスは思い出す。
 何か事情があったのかは知らないが、母は一度もディアスと一緒に城下町を訪れたことはなかった。母が一緒に行けないだけで行くなとは言われていないので、ディアスはしょっちゅう城下町に出入りし、年齢を偽って酒場に入り浸っていたので知り合いも多かった。その中には城で働く者もいたが、今の王は再び神との戦いを挑むどころか勝ち目がないからこのまま神に支配されるしかないとまで考えていると話していたのを聞いたことがあった。
 ディアスの他にもその話を聞いていた者はいたが、みんなあまり興味がなさそうだった。その戦があまりに遠い昔のことのように感じたからだ。
「嘆かわしいことだ」
 彼はあの日を思い出すような目をして言った。
「オレたちが知っている竜は、そんな腰抜けではなかった。思い出せ。あの日、あの時、あの戦いの記憶を」
 彼は狼たちの間でずっと語り継がれてきたあの戦のことを話した。
 今からたった百年ほど前、竜族は人間が神と崇めていたゼウスに戦いを挑んだ。竜族は人間を支配している「神」と呼ばれる存在がまがい物であると知っていた。そしてそれを作り出すことに加担してしまったことに責任を感じ、自ら「神」と呼ばれる者を滅ぼそうとした。
「まがい物とは一体どういうことですか?」
 ヨアンネスの問に答えたのはベリアルだった。
「アレハ神デハナイ。魔法石ヲ心臓ニ持ッタ只ノ人形ナノダヨ」
 彼も続けて言った。
「そうだ。遠い昔、一部の奢った人間と竜族がつくってしまった神、ゼウスがつくった哀れな子供たちだ」
 ヨアンネスは信じられないという顔をしていたが、話は進んでいく。
 竜族は狼やペガサス、そして少しの人間と力を合わせて戦ったが、ゼウスに勝つことはできなかった。青い竜は全滅し、僅かに生き残った赤い竜と黒い竜はゼウスに力を奪われ、その存在は人間の歴史から抹消された。
「その時奪われたのが、竜に姿を変える力だ。竜族はその力を失くし、人間と同等の生き物に成り下がってしまった。潜在能力は人間をはるかにしのぐが……」
 彼は静かに目を伏せた。
「こんなことは言いたくないが、お前たち黒い竜は忘れてしまったのだろう。自分たちが竜であることを」
 あまりにも衝撃的な話に二人が言葉を失っていると、ベリアルがディアスに思い出させるようにこう言った。
「母サンガ、オ前ニ言ッテイタ。黒竜族デアルコトニ誇リヲ持テト」
「誇り、か。そんなもの、今の私たちにはないよ……。みんな忘れてしまったんだ。そして、子供たちは何も知らない。私のように」
 戦いの記憶を失いつつある中、ディアスの母はそれを伝承しようとする貴重な存在だったのではないかと今なら思えた。そんな人はまだ国にいるのだろうか。少なくとも、城をはじめ城下町の人々にはそんな意識は全くなかった。
 自分たちはこのままでいいのだろうか。
 ふと、ディアスにそんな想いが生まれた。
 すると、そんなディアスの心情を察知したのか彼が再び口を開いた。
「オレの話だけでは信じられないこともあるだろう。この国にも当時を知る手立てはない。だから、東へ行け。かつて竜と共に戦った人間たちの末裔がいるはずだ。詳しいことは悪魔に聞くといい」
 そして、彼はヨアンネスに向き直る。
「人間よ、オレたちはこの森を去る」
「どこへ行くのですか」
 彼は立ち上がり、仲間の狼たちと目を合わせた。
「黒い竜がいつかもう一度立ち上がる日が来ると願い、オレたちはその日のために備えることにする。もう王都に向かう人間を襲うこともない。お手柄だな」
 狼退治の依頼を知っていたかのように、彼はそう言った。当然のことながら、ヨアンネスは少しも嬉しくなかった。複雑な表情で狼たちを見つめた。
 最後に彼は二人にこう言い残した。
「黒い竜、そして人間。オレの言ったことを素直に信じる必要はない。何が正しく、何を信じるか。それは自分で決めることだ」
 そう言いつつも、彼は竜族がもう一度神に戦いを挑む日を待っているに違いなかった。
 ディアスにはそれが正しいのか、そうすべきなのかは現時点では判断できない。ディアスは神のことだけではなく、竜族のことも知らな過ぎた。
 狼たちの森を後にしながら、ヨアンネスがぽつりと言った。
「今まで信じてきたものは何だったのでしょうか。彼の話は信じがたいですが、嘘だとも思えません」
「獣ガ言ッテイタ事ハ事実ダ。残念ナガラ」
 思い悩むヨアンネスにさらに痛手を与えるようなことをベリアルが言うので、ディアスはヨアンネスを庇った。
「親父はホント思いやりってもんがないよな。さすが悪魔! 私たちみたいな繊細な神経は持ち合わせてないのな」
 行きとは正反対にとぼとぼと歩くヨアンネスの肩を叩き、ディアスは言う。
「そんな気にすんなって。神とか戦争とか、今の私たちには規模がでかすぎる。すぐにどうこうできる問題じゃない」
「そう……ですよね」
 ディアスはものすごく軽い物言いをしているが、自身も竜族のことについて思うことがあるであろうことはヨアンネスも分かっていた。
「神のことも竜族のことも、二人だけで考えても何も解決しません。あの話を聞き流すことはできませんが、今は動き出す時ではないですね」
 人間が長い間信じてきた神がまがい物だなんて誰が信じるだろう。ヨアンネスだって半信半疑なのに、迂闊にこんな話をディアス以外にできるはずがない。方法は後で考えるとして、どうにかして事実を突き止めなければとヨアンネスは考えていた。
 方法は何も思いつかなかったが、ヨアンネスは念願だった悪魔との会話が可能になったことを思い出した。ひとまず神への不信感は心の片隅に置いておくとして、自分の研究を進めることができるかもという期待で胸が高鳴った。
「悪魔さん……いえ、ディアスのお父様」
「私ノ名前ハベリアルダ」
「ベリアル、あなたにはたくさん聞きたいことがあるんです!」
 ヨアンネスはベリアルの姿が見えないので、ディアスの方を向いて喋ってくる。
「悪魔はなぜ人に取り憑くのですか? 他に悪魔は何人いますか? えっと、それから、一番聞きたいことは……」
 ヨアンネスの質問は続く。
 想像を超えた質問攻めに、ディアスはおろかベリアルまでもが苦笑せざるを得なかった。あるのかないのか分からない文献を探すより、悪魔本人にいろいろ尋ねたほうが話は早いだろう。
 だが、ベリアルはいつになく困った声色でヨアンネスに言った。
「ソンナニイッペンニ、シカモ難シイ事ヲ聞カレテモ……」
「それもそうですね。書き留めてもおきたいので、後日お話を伺えますか?」
「ゴ、後日……。ウゥム……分カッタ」
 ヨアンネスの飽く無き探究心は悪魔をも困らせた。これは十分武勇伝になるだろうと、ディアスは密かに口元を緩めた。
 結果はどうであれ狼退治に成功した二人だったが、狼を退治したという証拠がなかったので報酬の金貨をもらうことができなかった。狼を一匹も殺していないので死骸なんて持って帰れるわけもなく、今後本当に狼が人間を襲うことがないかどうかなんてすぐには分からなかった。
 ヨアンネスは本当に申し訳なさそうにディアスに謝罪した。
「すみません。私が殺さずに退治するなんて言ったばっかりに……」
 金貨二十枚は惜しかったが、ディアスはヨアンネスの考えに賛同して依頼を受けたわけだし、その判断が誤りだったとは思っていなかったので別段気にしなかった。狼がもう現れないことも、時間が経てば証明されるだろう。
 ディアスが落胆していないと分かると、ヨアンネスはすぐさま次の仕事が書かれた小さな紙を壁からはがし、ぱっとディアスの目の前に差し出した。
「ではでは、次はこれなんてどうです?」
「ヨアンネスは切り替えが早いなあ……。どれどれ」
 手渡された紙を見ると、今度は「盗賊退治」と書いてある。依頼人の名前を見ると、「ビリー」とある。
 はて、どこかで聞いたような名だ。だが思い出せない。
 依頼人の名はともかく、今回の報酬も金貨二十枚。今度こそ報酬を手に入れたいと、ディアスはヨアンネスと共に仕事を続けることにした。
つづく
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