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少年の旅路  2

   「これからどこへ行くか決まっていますか?」
 王都の門をくぐると、ヨアンネスがディアスに尋ねる。いろいろ見たいものややりたいことはあるが、ディアスは何よりも先にまずは腹を満たしたかった。
「腹が減ったから、何か食べたいんだ」
「それなら、いい店があります。一緒にどうですか?」
 ヨアンネスが奢ってくれるど言うので、ディアスは喜んでついて行くことにした。
 ヨアンネスに連れてこられたのは庶民がよく利用する大衆食堂だった。気楽に食事ができる場所がいいと思っていたディアスにはうってつけの場所だ。
 憧れのグロムナートでの初めての食事。ディアスは向かい合わせに座ったヨアンネスに、テーブルから身を乗り出す勢いで聞いた。
「メニューは? どれが一番うまい?」
「えっとですね……」
 ヨアンネスが答える。
「とりあえずここにあるメニューは……。チキンのパイとビーフのパイ、それからひき肉とじゃがいもで作ったミートパイ、あとはうなぎのパイと……」
「え、ちょ、ちょっと待て」
 ディアスは慌ててヨアンネスの言葉を遮る。
「パイ以外は?」
「あ、はい。あとは細く切ったじゃがいもを油で揚げたものの上に、同じく油で揚げた魚を乗せた料理ですね」
 満面の笑みでそう答えるヨアンネスに、ディアスは絶句した。
パイはともかく、最後のは料理というか、じゃがいもも魚も油で揚げているだけではないか。
 想像していたのとだいぶ違う料理の数々だが、せっかくなのでディアスはじゃがいもと魚を油で揚げたものを食べてみることにした。
 パイは食べ飽きたと言うヨアンネスも同じものを頼む。そして、出てきた料理を見てディアスはまたも絶句する。
「これが……これがじゃがいもと魚を揚げた……」
 皿から溢れんばかりに盛られたじゃがいもの上に、自分の顔ほどの大きさがある魚が乗っている。しかも、本当にどちらも油で揚げてあるだけだ。
「味付けは特にされていません。塩で食べましょう」
 ヨアンネスが笑顔で差し出してきた塩の入れ物を受け取り、ディアスは無言で魚に塩をかけた。
 食べてみると、なるほど。じゃがいもも魚も素材の味しかしない。油で揚げただけなのだから当然と言えば当然だった。
 何かが違うとでも言いたげな表情で魚を食べるディアスに、悪魔――ベリアルは耳元でこう囁いた。
「コノ国ノ人間ハ、アマリ食ニ関心ガナイ」
 頬いっぱいにじゃがいもを詰め込みながら、ディアスは頷く。
「そうらしいね。よおく分かったよ」
 ディアスが答えると、フォークに魚を刺したまま今度はヨアンネスが身を乗り出してきた。
「悪魔ですか? 今、何と?」
 悪魔に興味があるヨアンネスは、ベリアルの存在が気になって仕方がない様子だ。
 ディアスはナイフとフォークで魚の揚げ物を解体しながら、先ほどのベリアルの言葉をヨアンネスに伝える。すると、ヨアンネスは困ったような表情で苦笑した。
「うーん……。自分たちはあまりそんな風には思いませんが、よその国の方からすればそう見えるようです。残念ながら」
 ヨアンネスがそう言うと、ベリアルが笑った。別にヨアンネスを馬鹿にしているわけではなく、彼の言うことに同意しているように感じた。
「そういえば」
 食事が終わるころ、ヨアンネスがディアスに尋ねる。
「ディアスはどこから来たのですか。ブラックレイという名前はとても珍しいです」
「私の姓が珍しい? 国へ帰れば同じ名前の連中なんてたくさんいるから気にしたこともなかったよ」
 すると、ディアスは持って来た背嚢の中から地図を取り出してテーブルの上に広げた。
「私の国は地図に載ってないんだ。確かこの辺に……」
 ディアスが地図で南の方を指さすと、ヨアンネスは驚きの声を上げた。
「これは……! ディアス、よくこの地図でここまで辿り着けましたね」
「は? どういうことだ」
「これ、この地図……」
 ヨアンネスは地図を手に取り、隅々まで目を通す。
「百年くらい前の物ですよ」
「はっ?」
 ヨアンネスは地図を指差し、言葉を続ける。
「だって、ほら。例えばこの街道。今は別の道ができたので使われていません。こっちの森はずいぶん前に開拓されてなくなりました」
 話を聞いていると、ディアスの地図はだいぶ現代のものと違っていた。この古い地図に従っていたら南の方からグロムナートまで来るのにはだいぶ遠回りをしなければいけない。
 ディアスは一応この地図を見ながら来たのだが、どこかで運良く道を間違え、地図も見間違えていたらしい。
「これは大変歴史的価値があるものですよ。どこで手に入れたのですか?」
 そう聞かれ、ディアスはこの地図を背嚢に入れた時のことを懸命に思い出し、こう答えた。
「確か……この錆びた剣と一緒に家の倉庫で見つけた気がする」
 そうだとすれば、これもベリアルの持ち物だったのだろうか。そう疑問に思うも、肝心の本人は何も答えない。
「歴史的に価値のあるものは世界中いろんな所に眠っていますからね。家の倉庫から出てきても不思議ではありません」
 普通の家に百年前の世界地図があるなんてどう考えてもおかしいが、ヨアンネスはそれ以上追及しない。さすがは悪魔を研究する男。百年前の地図が目の前に現れただけでは動じないらしい。
 ヨアンネスは再びディアスの故郷について尋ねた。
「それで、どこでしたっけ。あなたの国は」
「あ、ああ」
 ディアスは百年前の地図の南にある大陸を指差す。
「私の国は地図には載ってない。確か、この辺に城下町があるはずだ」
「南の大陸……。ベルトキアの領内ですね」
「ああ。だけど、国までの道は魔法で隠されている。それに、私の国は人間の住む場所じゃないんだ」
 ディアスはテーブルから身を乗り出し、そっとヨアンネスに耳打ちをした。
「黒竜族の国……?」
 ヨアンネスは必死に自分が持っている知識の中から「竜」というキーワードを掘り起こそうと考えた。
 聞いたことがある。しかし、それは。
「伝説です。竜の話は、この国ではおとぎ話や伝説として残っています。本当にいたなんて思っている人はほとんどいないかと」
 百年前の地図には動じないヨアンネスも、竜の存在にはまだ半信半疑だ。しかし、先ほど出会った狼の言葉を思い出す。
「狼たちが竜と共に戦ったと言っていましたが、あれは……?」
 ディアスは首を横に振る。
「実は私も詳しく知らないんだ。母さんから竜たちと神々の間で戦いがあったって聞いたことがあるけど、詳しくはよく分からない」
 ディアスは生前母が話してくれた竜の話をヨアンネスに語る。
 昔、青い竜と赤い竜と黒い竜が今よりもっとたくさん生きていた頃。竜たちと神々が大きな戦いをした。
 青い竜と赤い竜と黒い竜は、翼を持つ馬「ペガサス」と、言葉を話す狼たちと力を合わせて神々と戦った。
 対する神々は、太陽神アポロンを筆頭に、軍神アレス、知恵の女神アテナ、そして彼らに従う人間と共に戦った。
 激しい攻防の末、竜たちは神々に敗北した。青い竜は滅び、赤い竜はどこか遠い場所に身を隠した。そして、竜の力を奪われた黒い竜たちは南の大陸に国を作り、復讐の時を待っている。
「でもさ」
 話し終わると、ディアスは腕組みをし難しい表情をしながら言った。
「なんで神様と竜たちが戦ったのか、理由がよく分からないんだよね。母さんが何か言ってたかもしれないけど、全然覚えてないし……」
「気になりますね」
 ディアスと同じく難しい顔をしていたヨアンネスは、少し考えてからこう切り出した。
「城の本を片っ端から調べてみましょうか」
「ソレハ無駄ダナ」
 ヨアンネスに声は届かないというのに、二人の会話にベリアルが口を挟んできた。仕方なく、ディアスがベリアルの言葉をヨアンネスに伝えてやる。
「親父が、それは無駄だって言ってるけど?」
「なぜです?」
 ヨアンネスの問いに、ベリアルは自嘲的に笑いながら答える。
「昔……。コノ国ヲ治メテイタ暴君、ウィリアムガ竜ニ関スル記述ヲ末梢シテシマッタカラダ。モウコノ国ニ正シイ竜ノ歴史ハ残ッテイナイ」
 ディアスがヨアンネスにそれを伝えると、ヨアンネスは非常に残念そうに言った。
「そうですか……。ウィリアム王はそんなことまでしていたのですね。全く知りませんでした」
 ヨアンネスが言うには、そのウィリアムという王はグロムナートの歴史上最も傍若無人だった人物らしい。それを見かねた息子の代から徐々に国は良くなっていったらしいが、ディアスには興味のない話だった。
 ここでヨアンネスがあることに気づく。
「もしかして、ディアスのお父様は知っているのではないですか。竜と神が戦った日のこと」
 ベリアルは笑った。
「知ッテイル」
「親父、知ってたのかよ」
 ディアスとヨアンネスはベリアルに当時のことを聞けると思ったが、ベリアルはそれを鼻で笑った。
「オ前達ニ教エテヤル義理ハナイ。ソレニ、我ラ悪魔ニハ無関係ノナイ戦イノ話ダ。話ス気モナイ」
 ベリアルの言葉を聞いてがっかりしたディアスは、ヨアンネスにその言葉を伝えつつ悪態を吐く。
「クソ親父。都合のいい時だけ悪魔ヅラしやがって」
 姿が見えていたら喧嘩を始めそうな雰囲気を察し、ヨアンネスはディアスと見えない悪魔をなだめるように言った。
「まあまあ。話が聞けないのは残念ですけど、仕方ありません。私も興味がありますので出来る限り何か調べてみますよ」
 話が一段落すると、ディアスは地図を背嚢にしまいながらヨアンネスにある相談を持ち掛けた。何を隠そう、これからの旅の資金の話だ。
「仕事があったら何でもいいから紹介してほしいんだ」
 すると、ヨアンネスはすぐに有益な情報をくれた。
「グロムナートにはたくさんのギルドがあります。手工業、商人など様々です。そこで依頼を受けることで賃金を得られますが……」
 そこまで言って、ヨアンネスはもったいぶったように口を閉じ、ディアスをまじまじと見た。
「私の目に間違いがなければ、あなたは相当腕が立つはず。ギルドの仕事よりももっと割りのいい仕事があるのですが、どうです? 報酬額もかなり多いはずですよ」
 割の良い仕事と聞いて今のディアスが断るはずがない。その話に乗ったとばかりに、ディアスは身を乗り出す。
「どんな仕事だ?」
「いろいろあります。今から見に行きますか?」
 ディアスが寝泊まりする宿や馬を預けておくのにも金がかかる。できればすぐに仕事が欲しかった。
 食堂を出たディアスは、ヨアンネスに連れられて仕事があるという場所まで行ってみることにした。
 道の分からないディアスは、ヨアンネスの後ろをついて歩きながらきょろきょろ辺りを見回す。
 様々な店が立つこの道は職人通りと呼ばれていると、ヨアンネスが教えてくれた。職人通りから路地へ入ると一転、そこは人々が生活する住宅が集まっている。
 ヨアンネスはどの店も素通りし、まっすぐ城の方向へ歩いている。
 ディアスは足を速めてヨアンネスの横に並んで言った。
「まさか、城へ行くつもりじゃ……」
「そうですよ。仕事はあそこにあります!」
 ヨアンネスはいいとしても、ディアスのような部外者が入ることを許される場所だとは到底思えない。
 仕事は欲しいが、城に入るために身分を明かせなどと言われたら一体どうすればいいのか。自分でも上手く説明することができないのに。
 不安げな表情のディアスに、ヨアンネスは満面の笑みでこう言った。
「大丈夫ですよ。私と一緒なら何も心配はいりません。誰かに詮索されても、私に任せておいてください」
 ヨアンネスに任せて本当に大丈夫だろうか。狼たちは下級魔法使いと言っていたが、ヨアンネスの魔法の腕はきっと一流に違いない。しかし、普段の彼はどことなく抜けているところがあるように思える。
 だが、ヨアンネスを信用しなければ仕事はない。
「上手いこと頼むぜ……」
 ディアスが言うと、ヨアンネスはまたもや満面の笑みで頷いた。
 城の敷地内に入るには、門番に守られた強靭な門を通り抜けなければいけない。門の前にはぴかぴかの鎧を身に纏った背の高い男が一人立っていた。腰には刃の広い剣を下げ、手には重そうな槍を持っている。
 重い鎧のせいで頑固で強そうな印象を相手に与える門番だったが、ヨアンネスの姿を見ると意外にも笑顔を見せた。
「やあ、ヨアンネス。今戻ったのかい」
「パトリック」
 ヨアンネスが門番に歩み寄る。
「まだここに立っていたのですか? 朝からずっといますよね?」
 そう指摘されると、パトリックは困惑ともとれる表情で頭を掻いた。
「いやあ、それがさあ……。昼になったら先輩と交代の予定なんだけど、いくら待っても来ないんだよね……」
「私が中で騎士団の誰かに伝えておきましょうか」
「頼むよ。オレ、ここを離れられないからさ……」
「お安い御用ですよ」
 ヨアンネスがそう答えると、パトリックは傍にいたディアスを見て元気よくこう言った。
「グロムナート城へようこそ! ヨアンネスと一緒に来たということは、中に来ている依頼を受けに来たのですね」
「中の依頼?」
 ディアスが首を傾げると、ヨアンネスが答える。
「一般のギルドではなく、国に直接依頼された仕事のことです。依頼料は高いですが、騎士団や宮廷魔法使いが仕事を請け負うのでほぼ確実に依頼内容を達成できますし、信頼度もかなり高いです」
 門を通り城の中へ足を踏み入れる。ディアスの住む黒竜族の国にも城はあるが、それとは比べものにならないほどグロムナートの城は巨大だった。
「これが城か……! 私の国にあった城も大きいと思ったが、あれくらいの大きさだった」
 そう言ってディアスが指差したのは、城の近辺に建ち並ぶ貴族の屋敷だった。
「あれは貴族が住むお屋敷ですね」
 ヨアンネスにそう言われ、ディアスは自国にあった城は城ではなく屋敷だと知った。
 城の中へ入ってみると、一階には窓がなかった。
「防衛のため、一階には窓はありません。主に倉庫として使われています」
「なるほど。城に入る道は正面だけということか。その方が戦争の時に攻め込まれにくいな」
 自分の国では見たことがない近代的な城に、「こういうのが見たかったんだ!」と、言いながら奥へ進む。
 石でできた階段を上がり、ディアスが通されたのは宮廷魔法使いたちが集う広間だった。
 しかし、中には誰もいない。大きな机の上には羊皮紙や羽ペンが乱雑に放置されている。
「おや、みなさんお仕事のようですね。いつもならここでサボっている方もいらっしゃるのですが」
 そう呟きながら、ヨアンネスは壁一面に無造作に貼られている小さな紙を一つ一つ確認するように見ている。
 紙から目を離さず、ヨアンネスはディアスに言った。
「この紙に書いてあるのがここへきた依頼です。依頼があった仕事へは、基本的に一人で行くことは許されません。仲間の魔法使いか騎士団の者と組まなければいけないのですが……」
 ヨアンネスはたくさんある紙の中から一つを手に取った。
「例外で、王室魔法使いか騎士団が認めた腕の立つ者と一緒に行くこともできます。でも、今まで外の人間がここの依頼を受けたことはほとんどありません。騎士団や王室魔法使いのメンバーで事足りるので、わざわざ外から強い人間を探す必要がないのですね」
 そう言いながら、ヨアンネスはその紙をディアスに差し出す。
「狼退治……?」
 ディアスが呟く。
 紙には仕事内容と一緒に報酬も書かれている。金貨二十枚だ。金貨二十枚あれば、しばらくは食べるのに困らない金額だ。
 もちろん報酬はヨアンネスと折半になるが、それでも金貨十枚の収入は大きい。
 しかし、それを言うとヨアンネスは首を横に振った。
「報酬は全てあなたのものですよ、ディアス」
「え? じゃあ、ヨアンネスは?」
「私は固定給ですので」
 金貨はもらえません、と、ヨアンネスは言う。
 そのかわり、依頼を多く達成すればそのぶん早く出世できるかもしれないとも言った。
 お決まりの笑顔を浮かべているヨアンネスに、ディアスは力なくこう言った。
「……安定しているな」
 ふらふらと遊び歩いている自分とは大違いだ。安定した収入があり、将来は出世して国のお偉いさんになるのだろう。別に羨ましくなんてなかったが。
「それにしても」
 ディアスは手渡された依頼の紙を見た。
「狼退治って、さっき会った狼どもを殺すってことか?」
「いいえ」
 ヨアンネスの顔から笑みが消える。
「他の魔法使いや騎士がどうするかは知りませんが、私は決して彼らを殺しません。私たちグロムナート人には、彼ら狼を殺すことは許されないと考えています」
 ヨアンネスは話を続ける。
「昔、ずっと昔。一番初めのグロムナート人たちは狼たちを虐殺し、この地から追い出すことによってここに国をつくりました。今、狼たちはグロムナートに住む者や旅人を傷つけることがあります。しかし、先に彼らを傷つけたのは私たちのほうです。それなのになぜ彼らを殺すことができましょう」
 ディアスはグロムナートの歴史には疎かったが、ヨアンネスが言っていることが本当なら、狼たちはこの国に住む権利があるように思えた。しかし、人間に危害を与える存在である以上はこんな依頼が舞い込んできても仕方がない。
「それで、殺さずにどうやって退治する?」
 ディアスが問うと、なんとヨアンネスは自身に満ち溢れた表情でディアスの肩を叩いた。
「ディアス、あなたの力が必要です。普通は人間と対話などしない彼らが、なぜかあなたには違った。あなたの種族のことを知っている風な口をききました。私は何度も彼らと顔を合わせてきましたが、こんなことは初めてです。あなたと一緒なら、この問題を解決する糸口が見つかるかもしれません」
 それでヨアンネスは自分をここへ連れて来たのだと、ディアスは納得した。しかし、どうしたものか。狼たちを傷つけずにどうやって退治すればいいのか。まかさ、話し合えと言うのだろうか。
「行ケヨ、ディアス」
 不意に、ベリアルが口を開いた。
「オ前ノ知リタイ事ガ分カルカモシレナイゾ」
 ベリアルの言葉に背中を押されたディアスは、ヨアンネスと共に狼退治の依頼を受けることにした。
 戦わないということは、狼たちと対話をしなければいけないということだ。いくら相手が言葉を話せるからといって、本当にそれが可能かどうか不安は残る。
「大丈夫です。ディアスは一人ではありません。私も一緒ですよ」
 狼たちのことをよく知っているヨアンネスがいれば安心だろうか。
 狼退治に向かうのは明日にして、二人は広間を出る。すると、外にいた門番と同じ鎧を着た騎士が一人廊下を歩いて来た。
「あっ」
 ヨアンネスはすぐさま彼に歩み寄り、こう言った。
「すみません。外の門番はそろそろ交代の時間ではありませんか? 彼、朝から立ちっぱなしで参っているみたいなのですぐに代わりの門番を向かわせてあげてください」
 すると騎士は大きな声で笑ってこう答えた。
「確か今日の門番はパトリックだったな。悪いことをした。すぐに代わりの者をやると伝えてくれ」
「分かりました」
 ヨアンネスがそう言うと、騎士は悪びれる様子もなく「魔法使いは時間に厳しいなあ」と、独り言を言いながら去って行った。
「騎士たちは大雑把なので時々困りますけどね」
 そう言って、ヨアンネスとディアスは顔を見合わせて小さく笑った。
 門の所でヨアンネスとパトリックに別れを告げ、ディアスは今夜の宿を探すために街へ戻った。
 ヨアンネスが教えてくれた宿へ行くつもりなのだが、街は人で溢れているし道は入り組んでいるしで一向に辿り着けない。
 こっちの路地を入って行けばいいのだろうか。
 右に曲がろうとしたディアスの耳元でベリアルが叫ぶ。
「ソッチジャナイ! モット先ヘ進ンデカラ左ニ曲ガルノダ」
 うるせえなあと思いながらもベリアルの言う通りに進むと、そこには宿があった。
 なけなしの金を払ってようやくベッドの上で一息ついたディアスは、寝転がりながらベリアルに言う。
「親父……。なんで親父ってグロムナートに詳しいの?」
「宿マデノ道ナラ、ヨアンネスガ親切丁寧ニ教エテクレタダロウ。迷ウオ前ガ馬鹿野郎ダ」
「そうじゃなくて!」
 ディアスが怒ったように声を荒げる。
「そうじゃない。宿までの道とかそういうんじゃなく、親父はこの国のことをよく知っている風だ。言わなくても分かる」
 ベリアルは黙った。
「本で読んだとか、そんなんじゃない。親父、昔ここにいただろう?」
 部屋はしばらくの間沈黙に包まれた。しかし、ディアスは黙ってベリアルの返事を待つ。
 すると、だいぶ時間が経ってからベリアルがようやく言葉を発した。
「昔話ヲ聞キタイカ?」
 ディアスは頷いた。
「アレカラ一体ドノ位時間ガ経ッタノカ、今デハモウ分カラナイ……。私ハコノ国ニ居タ。美シイコノ国ヲ愛シテイタ」
 ベリアルが淡々と語るのを、ディアスはいつものような無駄口を叩かずただ黙って聞いていた。
 長い、長い物語だった。
 話が終わる頃、ディアスの頬には何度も涙が伝った跡があった。
「ナゼ泣ク」
 ベリアルに問われたが、答えが見つからなかったので何も言わなかった。涙を拭うこともなく、じっと部屋の壁を見つめたまま。
「コンナ話ヲ聞イテ涙ヲ流スノハ、オ前ダケダロウナァ……ディアス」
 いつもの馬鹿にしたような言い方ではなかった。見えないベリアルの手が、ディアスの頭を撫でたような気がする。
「オ前ハ優シイ子ダ」
 ディアスは、物語の中のベリアルの気持ちを半分も理解できていないかもしれない。それでも……。
 それでも、人の心の痛みには人一倍敏感だった。
「昔ノ話ダ。モウコレッキリニシテ、忘レルガイイ。私ハ何モ後悔シテイナイノダカラ、憐レム必要ハナイ」
 部屋の明かりを消したディアスに、ベリアルは多分微笑みながらこう言った。
「狼退治……上手クヤレヨ」
 対話を望むディアスとヨアンネスに、狼たちはどんな反応をするだろう。
 そして、彼らは何を語るのだろう。
                       つづく
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